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 いつしかわたしは三人の陰陽師に囲まれていた。  年老いた大烏らは、まばたきもせずわたしを見下ろしており、その目は月明かりに反射して、白くぎらぎらと輝いていた。    もはや引き返すことのできぬ道に、わたしは引きずり込まれていた。  すぐ背後にあるはずの生まれ育った懐かしい我が家は、もう戻ることのできない別の次元のものであった。  振り返ることすら許されず、強烈な、得体の知れない力が重たくわたしにのしかかり、体の中に押し入り始める。  耳や鼻や口といった、穴という穴から「それ」は体内に入り込み、恐ろしい勢いでわたしの中を食い破ったのだった。  冷酷な三人の大烏の視線を浴びながら、わたしはのたうち回った。  夜の闇の中から無数の小さな蠢く手指が伸びてきて、それらがわたしの抵抗を全て押さえこんでいた。    「月子よ」  と、わたしを呼ぶ父の顔や、様々な遊びを教えてくれた姉たち、世話焼きの召使たちとの絆が、ひとつひとつ、切られていくのが分かった。  それは手足を切られるような苦痛であり、一本の絆が切られるごとに、わたしは悲鳴を上げ、口から血反吐を吐いたのだった。  嫌だ、失いたくはない。  血を流しながら叫ぶ心の声は、次第に弱くなる。  懐かしく温かな記憶への執着は薄れてゆき、過去はただの物事としてわたしの底の深い部分に静かに落ち着いた。  失った絆の代わりに、わたしの中に入り込んだものは、これまで知らなかった強烈で強大な力であり、様々な姿に変化することができる謎めいた存在だった。  黄金の目をした「それ」は、溶岩のような熱と、氷のような冷たさを同時に持っている。  「それ」がわたしの中に根を張り息を始めた瞬間、これから起こる全ての物事や、それについて自分自身がどう働くべきかを、わたしは悟った。  薩摩にある、わたしの果たすべき使命。    りん、ぴょう、とう、じゃ、かい、じん、れつ、ざい、ぜん。  りん、ぴょう、とう、じゃ、かい、じん、れつ、ざい、ぜん。  りん、ぴょう、とう、じゃ、かい、じん、れつ、ざい、ぜん。  三人の大烏が九字を切る。  九字を切りながら、その姿はぐるぐるとわたしの周りを回り始め、やがて目にもとまらぬ速さとなった。  九字の呪文がいつまでも続く。  行くがよい、その使命を果たすために。  大きく金に輝く二つの目が闇の中に現れ、ぐいぐいと迫った。  その双眸が名付け親である金烏のものであることを、何故かわたしは知っていた。  わたしもまた印を作る。  するべきことは分かっている。  深く強大な月の力を借りて、時空を超える扉を呼び出すのだ。  すぐにその扉は目の前に現れた。  重々しい開き戸は、星型の文様を大きく刻み込まれており、それが赤く輝いていた。  「薩摩へ」  わたしは扉に命じた。  ぎぎい、と、錆付いた音を響かせながら扉はゆっくりと開いた。  わたしは一歩ずつ歩を進め、ゆっくりとその扉をくぐったのである。
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