第一部 青合羽

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 吉之助は稀に見る大きな男で、玄関をくぐるにも腰をかがめなくてはならないほどである。  このあばら家の低い天井に頭がつかえるのではないかと思われるほどの巨体でありながら、のっそりと静かな動きはほとんど気配を伴わず、人が気づかぬうちに背後に立っていたりする。  それでいて、感情の起伏が激しいので、激昂した時の迫力はすさまじい。  静と動の差があまりにも凄まじいので、吉之助のことをよく知らない相手からしてみたら「わけのわからない男」なのであった。  巨体に相応しい大きな瞳は、黒々と深い闇を称えると同時に、稲光のような輝きを帯びている。  吉之助の目を、「ぎらぎらしている」と思うか「只者ではない」と思うかは、人の好みによるだろう。  この男がわたしの使命の的であることを悟ってから、即座にわたしは吉之助の運命図を紐解いた。陰陽道における「五行」は宇宙の理を説く。大きくは宇宙、小さくは人の命運を読むこともできる。  わたしは「五行」を読み解くのに長けていた。幼い頃、伏見の父に教わって以来、五行を学び続けてきたのだ。    「五行」によると、やはり吉之助は陰陽の極めて極端な性質を持ち、今の世でなければただの変人として朽ち果ててゆくと思われた。    物でも何でもそうであるように、同じ「もの」が、ある場合は単なる塵となるのに、ある場合は燦然と輝く得難き宝玉となる。  二百年続いた徳川幕府が揺れ始め、再び我らが護る天皇家が表舞台に立とうとするこの時期ならばこそ、吉之助はすさまじいばかりの逸材となるのだった。  下加治屋町の郷中では、吉之助は畏怖の対象である。  しかし、他の出身地の者たちの間では、吉之助を嫌う者も大勢いる。人からの好き嫌いが大きく分かれる男なのである。  (ところが、どういうわけだろう)  つくづくと、わたしは首を傾げたくなる。  人とは奇妙なもので、炎と氷のような者同士が惹かれあい、運命を共にする場合がある。  わたしが大の苦手とする大久保正助と、西郷吉之助もその類の運命共同体と思われる。
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