第一章 私を褒めて

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 専業主婦なのにこの家の中に私の居場所はない。日中、夫や子どもが会社や学校に行ってるときも、舅や姑がいて一人きりになれるわけじゃない。  めったにないが、舅と姑が外出してるときだけがほっと一息つける時間。  「今の時間は?」  「明日の天気は?」  「テレビをつけて」  スマートスピーカーに意味もなく指示を出して、その通りにさせることだけが密かな楽しみ。この家で私を傷つけないものは猫のミケとこのスマートスピーカーだけだ。  スマートスピーカーに与えるお気に入りの指示は、  「私を褒めて」  と言うこと。スマートスピーカーはありったけの美辞麗句を私に投げ返してくれる。  「今日のあなたは最高にクールでクレバーでスマートですね。きっと今日も素晴らしい一日になることでしょう」  私はうっとりとスマートスピーカーの饒舌な口上に耳を傾ける。ただ難点があって、褒め言葉がいつも同じであること。  こればかりはどうしようもない。同じセリフを以前も聞いたことを忘れて聞いているしかない。  それにしても、楽しみは機械の褒め言葉を聞くことだけって、どうしてこんなことになってしまったのだろう。私は高卒で就職してたった一年で寿退社してしまったけど、会社勤めしていた頃はまだ楽しいこともたくさんあったのに――
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