第六章 修羅の家

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 麻生家の人々は私が望むことは何もしてくれなかったけど、私が嫌がることなら何でもした。  その極めつけが出産だった。もちろん出産自体が嫌だったわけじゃない。慎司だけでなく義父母まで出産に立ち会いたいと言ってきて、私は内心消えてしまいたいと思うほど嫌だった。病院も前例がないと難色を示したが、嫁自身のたっての希望ということで結局彼らの望み通りになってしまった。  もちろん私はそんなこと望んではいなかった。  ただ姑に、  「いいわね?」  と聞かれたときうなずいただけだ。  だって仕方ないじゃない。嫌だといえばまた無慈悲ないびりを受けるだけなのだから。義父母にじろじろ見られながら出産するのは嫌だけど、それさえ我慢すればいびりを受けなくて済むなら、当然我慢する方を私は選ぶ。  生まれた娘の名前は慎司と義父母が話し合って決めた。当然奴隷の私には事前になんの相談もなかった。市役所に出生届を出したあと、〈凛〉に決まったからと事後報告があっただけだ。  子どもが生まれて自分が母親になったことは私の人生にとってプラスの出来事だったのだろうか? 時間が経てば経つほどそうは思えなくなった。いつかここから逃げ出すにしても、お金も身寄りもない私はたった一人でも外の世界で生きていくのが難しい。まして乳飲み子を抱えて?  逃げ出せない大きな理由がまた一つ増えただけだ。結局そういう結論になって、私はこの修羅の家で卑屈な笑みを浮かべながらその日その日を生き抜いてゆく道を選ぶしかなかった。
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