第六章 修羅の家

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 逃げ出せないというか、逃げ出す気力がなくなる理由ならほかにもあった。慎司との夫婦生活もその一つ。  「おれは釣った魚に餌をやらない主義だ」  というのが慎司の口癖の一つ。慎司は餌どころか毒ばかりを私に与え続けた。  慎司は結婚前から私との行為を動画で撮影することを好んだ。最初のうちは、  「会えないときこの動画を見て、おまえに会えない寂しさを癒やしたいんだ」  などとしおらしいことを言っていたが、それも嘘だった。結婚して早々、慎司は本当の目的を自白して、私を脅迫した。  「七海、もしおまえがこの家を出ておれと離婚したって、誰とも再婚できないからな。それは覚えとけよ」  「なんで再婚できないって決めつけるの?」  「おまえに男ができたって分かり次第、今まで撮った動画をその男のもとに送りつけてやるから覚悟しておくんだな」  「ひどい!」  「おまえにとってはひどいかもしれないが、おれはきっと相手の男には感謝されることになるだろうさ。どの動画を送るのがいいかな。おれに後ろから突かれながら〈七海は慎司さんのおちんちんの奴隷なの!〉ってあえいでる動画がいいか。裸におむつだけつけてガチガチに縛られて〈ほどいてやろうか〉って言ったおれに〈やだ、七海はもう普通のセックスじゃ満足できないの!〉って言い返す動画がいいか。いや、おまえがおいしいおいしいって言いながらおれの肛門を何十分も舐め続けてる動画もいいな。まあ、全部見てもらえばいいか。これがその女の本性ですと言ってな」  「全部慎司さんがやらせたことじゃないですか」  「そのうちおれに言われなくても自分からやるようになったくせによく言うぜ」  言われたとおりにしないと不機嫌になるからそうするしかないとか、いちいち指図されなくてもおれの望むことをやれと忖度を強要されるとか、そういうことも知らない人が見れば変態女の性癖ゆえの自主的な行為に見えるのだろうか?  「とにかく、そんな嫌がらせはやめてください」  「嫌がらせ? おれはただおまえの正体を何も知らない男に教えてさしあげるだけさ。〈僕も変態だから気が合いそうですね〉って言ってくれる男だったらいいな。気を落とすなって。世界は広い。きっとどこかにそんな男もいるはずだからさ」
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