第二章 修羅前夜

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第二章 修羅前夜

 家があまり裕福ではなかったから、高校を卒業してすぐに就職できるようにと親に言われるままに商業高校に進学した。高校三年生になり私が事務職を希望したのはもちろん事務のスキルに自信があったからではなく、どちらかといえばコミュ障に近い私が営業職なんて選択肢にもならなかった上に、そうかといって工場勤務が務まるほどの体力もなかったからだ。  どうしても事務職がいいなら公務員になるのがいいよと担任の先生に言われていた通り、民間企業の求人に事務職の募集はほとんどなかった。地元の市役所の試験も受けたけど、一次で落ちた。小さな運送会社が一名だけ事務職で求人していたので、ダメ元で受けてみたら、ほかに何名も応募者がいたはずなのになぜか私のうちに採用通知が届いた。  その会社は〈新世界運輸〉という名前だけはスケールの大きな運送会社で、実際は扱う荷物の半分以上が親会社が発注したもの。会社に発展性はないが、言い換えれば親会社さえ安泰ならこの会社がつぶれる心配もないのだった。  高校を卒業しその会社の管理課に勤め始めた。管理課には社員が課長を含めて五人しかいないが、うち二人が新入社員。高卒の新入社員は私一人だったけど、同じ職場にもう一人大卒で新入社員の男性がいた。  彼の名は原光留。私もぼんやりした性格だけど、彼は私以上にぼんやりした人に見えた。そんな性格だからよく同じ課の同僚にからまれていた。もう十年この職場にいて職場の主のように振る舞うこの同僚には課長も含めて誰も注意できない。  「大学出てるくせにこんなこともできないのかよ」  「こんな無能を採用するなんて、誰がこいつの面接やったか知らないが、どうかしてるぜ、まったく」  そう言う同僚は高卒で主任、私より十歳年上でバツイチの男性。そんなきつい性格だから離婚されるんですよと心の中でずっと思っていた。
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