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第七章 十五年目の覚醒
結婚十五年目の今、私は三十五歳になった。慎司は四十五歳。舅は八十歳。私たち夫婦と同じで義父母も十歳差の年の差夫婦。だから姑もちょうど七十歳。
慎司は昨年四月、新世界運輸の管理課長に昇進した。舅は新世界運輸の親会社を部長職で定年退職後嘱託で働いていたが、現在は新世界運輸の役員に名を連ねている。親会社定年退職時の退職金も相当あったようだ。
だから麻生家の財政はかなり豊かになったはずなのに、私に渡す月々の生活費は以前より五万円増額しただけの二十万円。もちろん私に楽をさせるために増額してくれたわけではなくて、自分たちがもっとおいしいものを食べたいから増額してくれただけだ。
娘の凛は現在中二、中高一貫の私立お嬢様学校に通う。息子の竜也はまだ小六、勉強嫌いだからお受験には興味ない。公立中学に進学しサッカー部に入部し、部活動を頑張りたいそうだ。
もっとも、私を馬鹿にしきっている竜也がそんな真面目な話を私にするわけない。慎司に聞かれてそう答えていたのを、たまたまそばにいて聞いただけだ。
去年辺りから食卓での話題は景気のいい話が多くなった。
どうやら私が退職して数年後に新世界運輸では派閥争いが勃発したらしい。社長派と専務派に分かれ、両者は何年にも渡っていがみ合い、人事を巡って衝突した。決着が着いたのは去年。専務派が敗れ、専務派の社員は退職か降格かを選ぶよう通告され、多くの者が退職を選び社外へ去った。
それ以降、社長は専務の席を空席にし、代わりに非常勤取締役として親会社で長年部長であった舅に白羽の矢を立てた。舅は非常勤取締役就任の依頼を快諾し、月に一度程度、会社から要請された日しか出勤していないのにけっこうな役員報酬を受け取れる身分になった。
会社の取締役は全員で五人いる。まず社長、そして追放された専務の代わりに社長が送り込んだ舅、残り三人は親会社役員兼務の社外取締役。彼らは子会社の経営に原則口出ししないので、事実上会社の経営は社長の一存に委ねられることになった。
慎司が課長に昇進できたのも彼が社長派だったから。社長派の特攻隊長を自称して専務派の切り崩しに尽力し、その功績が認められての情実人事だった。課長昇進当時の慎司は家の中でもいつもドヤ顔をしていた。おれに怖いものはないと連呼していた。権力の中枢に近づいたことで役得という名の甘い汁も吸えるようになった。
慎司が浮気を始めたのもその頃だった。妻子ある男と不倫した私が夫に不倫されている。これこそ究極の因果応報。夫を責める資格が自分にあるかどうかもよく分からない。
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