第七章 十五年目の覚醒

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 前に来たときは新築直後で、とてもきれいだという印象を持ったのを覚えている。それから十五年経っているから、さすがにアパートはそれなりに古びて見える。ただこまめに修繕されているらしく、外壁などは十五年前よりつやつやと光っている。  あれから十五年。慎司と同い年の香菜さんは四十五歳、春ちゃんは十八歳になっているはずだ。  アパートの二階の一番奥の部屋の表札は〈菊池〉。香菜さんが慎司と離婚して戻った旧姓と同じ。ありふれた名字ではあるが、香菜さん春ちゃん母子が転居したあと赤の他人の菊池さんが入居したなんてことはまさかあるまい。  と思っていたから、うちの竜也くらいの男の子が私のあとから階段を上がってきて、その部屋に向かってきたのを見て、絶望的な気分になった。  「うちに何か用ですか?」  「ごめんなさい。人に会いに来たのだけど、その人もうここに住んでないみたいだから引き上げます」  「もしかして麻生七海さんですか?」  突然知らない子に名前を呼ばれ息をのんだ。  「そうだけど、あなたは香菜さんと春ちゃんのお知り合い?」  「香菜は僕の母で、春は僕の姉です。いつかきっとあなたがうちに来るだろうから、そのときは引き止めて失礼ないようにもてなしなさいと母から言われてました」  どういうことだろう? と不思議に思ったが、よく考えたら不思議でもなんでもなかった。不倫略奪婚したせいで実家から絶縁され友達もみんな離れていった私が次に頼る相手は自分くらいのものだろう、と香菜さんはこうなることを冷静に予期していたのだ。  それにしても、背格好は竜也と同じくらいだけど、なんてしっかりした子だろうと思わずため息が漏れた。竜也を実際に育てているのは私でなく姑。学校で三者面談があっても、保護者として出席するは私でなく姑。ふだん私の前で偉そうにしていても、香菜さんの子育てのうまさに足元にも及ばないじゃないか、と少し胸がすっとする思いがした。
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