第二章 修羅前夜

2/3
前へ
/92ページ
次へ
 私と同じような性格の光留がいじめられるのを見るのが悲しくて、入社からまだまもない六月頃、年と学歴は違うけど同じ新入社員同士という気安さもあって、いっしょに食事しませんかと思いきって誘ってみた。食事といっても私も光留もふだん弁当持参。お弁当を職場から出てどこかで二人で食べるだけの話だ。  光留の快諾を得て、昼休み、私たちは会社の近所にある公園に来た。  以前から感心していたが、今日の光留のお弁当もウインナーをわざわざタコさんにしたり、赤・黄・緑と色の違う食材を使ったりと食欲のそそらせるもの。一人暮らしの彼はもちろんそれを手作りして毎日持参してくる。そのことも意地悪な同僚の攻撃材料になっていた。男のくせにせせこましい、と。その人の昼食はいつもカップラーメン。それが男らしいとは思えないんですけどね。  とはいえ、その件に関しては私は誰も非難できない。だって、実家暮らしの私はいまだに高校時代と同じく母に弁当を作ってもらっているから。  「原さんのお弁当、いつ見てもおいしそうって思ってました」  「小倉さんのお弁当のほうが全然おいしそうですよ」  「私のお弁当には触れないでください。お母さんが作ったもので、私が作ったものじゃないので。それに今日だっておかずは肉じゃがだけだし……」  「肉じゃがを嫌いな男はいませんよ」  知ってる。私の弁当がいつも肉じゃがだの豚の生姜焼きだのと男の人が好きそうなおかずになっているのは、父のお弁当と毎日まったく同じものだからだ。  「もしよかったら交換しませんか?」  私はそれを〈おかずを〉という意味で言ったのだ。それなのに光留はうれしいですと言いながら、弁当箱ごと私によこした。  光留のお弁当は清潔感あふれるものだったし、母が作った肉じゃがとごはんだけの弁当も人に食べさせて特に問題なさそうに見えたから、そのまま私も交換に応じた。  一瞬迷ったけど真っ先にタコさんウインナーに手を伸ばす心の幼い私。  「ウインナー、好きなんですか?」  「子どもっぽくてすいません」  「僕も好きですよ。子供の頃を思い出しますよね」  「分かります。うちの母は一度もタコさんにはしてくれませんでしたけどね」  同僚にいじめられている彼を励ましてあげようというのが当初の目論見だったはずなのに、いい意味で当てがはずれてくれて、思いのほか会話が弾んだ。  これからも毎日お昼をいっしょに食べましょうと約束して、昼休みが終わる五分前、私たちはまた職場に戻った。
/92ページ

最初のコメントを投稿しよう!

511人が本棚に入れています
本棚に追加