プロローグ

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プロローグ

 夫の慎司が床の上で寝ていたミケを抱き上げると、彼女は不機嫌そうににゃーんと鳴いた。ミケは元野良猫のメスの三毛猫。自分から近づくのはいいけど、人間に抱っこされるのが大嫌い。  「こんなにうれしそうに牙を見せて」  それ、嫌がってるだけだから――。そう思うだけで口には出せず、笑って見てることしかできない臆病な私。  もちろん慎司も馬鹿じゃないからミケが嫌がってるのは分かってる。慎司は相手の嫌がることをするのが好きなのだ。  今度は嫌がるミケのお腹の辺りのもふもふした毛の中に自分の顔を埋めている。  「こんなに楽しそうに顔をそむけて」  慎司はさんざん猫をおもちゃにしたあと、  「気が済んだからもういいぞ」  と満足げに言ってミケを床に下ろした。  ミケとの出会いは五年前に夫婦二人で外出したとき、まだ子猫だったミケが私の足元にすり寄ってきたこと。かわいくてかわいくてどうしようもなくて慎司に飼いたいと言ってみたら、いつものように絶対に却下されると思ったのに、慎司もかわいいと思ってくれたらしく、そうしようと言ってくれた。  そのまま自宅に連れ帰り完全室内飼いで飼い始めて、今年で五年目。やせ細った子猫だったのに、今では体重五キロを超える貫禄十分な容姿になった。世話をするのはほとんど私。夫と子どもたちは気まぐれにかわいがるだけ。  ミケは蹴られたりしっぽをつかまれたりと、夫や子どもたちにときどきいじめられる。そのたびに怒った声を上げるが、それでも私よりはずっとマシかもしれない。だって私はこの家の中で怒った顔なんてしたことがないもの。もう怒り方も忘れてしまった――
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