16 部屋デート

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16 部屋デート

(良輔のヤツめ……)  あんな、人がいつ通るか解らない場所で、不意打ちでキスされたからビックリしてしまっじゃないか。驚いてドキドキするなんて、本当に心臓に悪い。 (良輔め)  もう一度胸中で毒づいて、俺は缶んビールを手に取った。寮内の自動販売機でも買えるが、会社帰りにコンビニに寄った。ついでにツマミもカゴに入れる。 「チューハイも行っとくか」  チューハイにハイボールの缶もカゴに入れ、冷蔵コーナーを回る。スイーツコーナーにどら焼きを見つけて、思わず立ち止まった。 (良輔に買っていこうかな)  生クリーム入りのどら焼きを手に取り、裏面のカロリーを見て口を曲げる。表示なんか見るもんじゃない。  とは言え、せっかく買おうと思ったものを止める気にならず、二つ掴んでカゴに入れた。 (たまには、良いだろ)  その分、腹筋をすれば良いのだ。    ◆   ◆   ◆  部屋を尋ねた俺に、良輔が目を丸くする。 「メチャクチャ買ってきたな?」 「つい」  苦笑いする俺に、良輔が柔らかい笑みを浮かべる。気づいたらカゴ一杯に買い物をしてしまった。浮かれてるみたいで恥ずかしい。 「お、どら焼き」 「酒には合わないかもだけど」 「大丈夫だろ。どら焼きが美味いから」 「お前、美味しければ大丈夫ってとこあるよな」  思わず笑いながらそう言う。 「まあな。グラス持ってくる。座ってて」 「おー」  既に折り畳みテーブルが出され、映画の準備が整っていた。買ってきたツマミをテーブルに拡げ、クッションを置いてベッドに寄りかかる。 「ほい」 「ん、サンキュー」  グラスを受け取り、ビールを開ける。プシュと小気味良い音が立つ。俺と良輔のグラスにそれぞれ黄金色のビールを注ぎ、小さく乾杯をした。 「普段、ダイエットとか言ってるのに」  ツマミの多さに、良輔が呆れる。 「営業で飲まされる酒は死ぬほど嫌いなのにな」 「結構、飲まされる?」  聞きながら良輔はテレビを操作して、映画を再生させた。すぐにロゴが表示され、音楽が鳴り響く。 「もう、メチャクチャよ。酒が嫌いになるヤツも、身体壊すヤツも多いし」 「マジかよ」 「マジマジ。アルハラよ」  この辺りの会社は、古い考えのところが多い。営業のコミュニケーションと言えば飲み会で、まあ、理由をつけて飲みたいのだろう。経費で落ちるわけもなく、ほとんどは持ち出しだ。客にご馳走になる場合もあるが、それこそ断れない。 「最悪だ……」  良輔は顔をしかめながらビールを啜る。俺は酒が好きだし、弱くもないから良い方だ。今のところ健康にも問題がない。 「セクハラもなー」  ケラケラ笑う俺に、良輔が真顔になる。 「セクハラ?」 「そうそう。取引先の人にさ、プレゼント貰ったり、今度プライベートで逢いませんかー? とか。それなら良いけど、あからさまに枕営業持ちかけられたり」 「――マジ、で? それ、どうしてんの?」 「そんなん、受けるわけねえ。身体を対価にするほど給料貰ってねえし、そんな義理会社にないし」 「そ、そうか」  ホッとした様子に、思わず笑ってしまう。俺だったら、枕もやると思ったんだろうか。プライベートと仕事は別だ。 「そもそも、そんな営業持ちかけるような会社は、良い仕事しねーよ。うちの製品は安かねーんだ」 「安心したよ」  笑う良輔を肴に、ビールを啜る。画面ではヒーローがビルの谷間を飛び回っていた。半分ほどに減ったビールに、残りのビールを注いでやる。 「おっと。どうも」  良輔は泡をすすり、どら焼きの袋を開けた。ビールに合うのだろうか。 「良輔の方はどうよ。先輩には可愛がられてるみたいだけど」 「うん。まあ。順調かな。資格の勉強とかはあるけど」 「なるほど」  どら焼きを齧る横顔がハムスターのようだ。思わずふふっと笑ってしまう。  頑張ってるんだな。良輔の将来は、どんな男になっているんだろうか。優しい男だし、真面目で倫理観も強い。今、可愛がられているぶん、きっと下にも優しくするんだろう。 「将来が楽しみだ」 「何目線だよ」  笑いながら、グラスに唇を付ける。映画はちょうどヒーローとヒロインが盛り上りを見せるシーンで、ロマンチックなキスを画面いっぱいに映し出していた。  良輔の薄い唇に視線をやる。俺の唇がもう少し厚みがあってセクシーだったら、良輔もキスをしてくれただろうか。 「なあ」 「ん?」 「俺の唇、もっと分厚い方が良かった? 薄すぎる?」 「は?」  指先で唇に触れながら、むぅっと顔をしかめる。 「キスすんの嫌がってるじゃん」 「――それは」 「だからもう少し……」  良輔が俺の肩を掴んだ。 「違うから。そうじゃない」 「ん?」 「そんな理由でキスしなかったわけじゃない。それに、渡瀬はおかしくなんかないだろ」  存外、真剣な顔で言われて、思わず「おう」と返す。何だよ。 (でも……)  おかしくないのか。良輔からの評価に、少しだけホッとする。 「……」  良輔の手が頬に触れた。親指で目元を撫でられる。じっと、顔を覗き込む真剣な瞳を俺も見上げた。  ゆっくり、顔が近づく。ドクン、心臓が鳴る。  息が掛かるほどの距離まで近づいて、良輔は少し動きを止めた。伏せられた瞼をじっと見つめる。  やたらと時間をかけて、良輔は触れるだけのキスをした。中学生みたいなキスだったのに、不思議とドキドキして、緊張して手に汗を掻く。  思えば、セックス抜きで誰かとキスするのは初めてで、性欲のないキスは胸が暖かくなるのだと知る。  額に触れる髪の柔らかさや、頬に添えられた手の暖かさ。壊れ物にでも触れるように、優しく重ねられた唇に、心臓がきゅうっと痛くなる。けど、不快な痛みではなかった。 「――……」  やがてゆっくり、唇が離れる。名残を惜しむように指を良輔の唇に伸ばした。良輔の手が俺の手を掴み、指先にキスをする。  映画のヒロインにでもなったような気分だった。 「……キスしたくなかった訳じゃ、ねーよ」 「そうなのか?」  じゃあ、したかったのか? とか聞いたら、二度とキスしてくれないかも知れないので、黙っておく。 「じゃあ、何でだよ」 「……俺は、惚れっぽいんだ」 「ん?」  恥ずかしそうに、良輔がそっぽを向く。  どう言うこと? 「前に彼女居たの知ってるだろ。俺から告ったわけじゃない」 「あー、うん。まあ」  確かに、良輔って自分からあんまり言わなさそうだ。 「何度か飯食って、キスされて。そのうち、何か好きになった。だから」 「は――。つまり、キスしたら好きになりそうだから?」 「うるせえよ」  顔がにやけていたらしく、良輔に叩かれる。つまり、俺を好きになったら困るから、キスしなかったのか。 「なんだ。へへっ」 「笑うなよ」 「まあまあ。で、好きになった?」 「……おだつなよ」  バシッと、もう一度叩かれる。 「痛いなあ。な、良輔、もう一回」  腕を回し、顔を引き寄せる。良輔は少し拗ねたような顔をしたが、もう一度顔を寄せてきた。  付き合うことになったのだ。好きになったって構わないと言うことだろう。良輔が俺を好きになったら、嬉しいだけだし。 「……俺も、好きになっちゃうかもよ?」 「お前の言葉は信憑性がない」 「酷ぇや」  ピシャリと言い返され、思わず互いに顔を見合わせて笑う。笑いながら顔を寄せ合い、何度も唇を重ねた。
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