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37 悪友の助言
良輔と口を聞かなくなって、一週間が経った。一緒に必ず過ごしていた朝食や夕食も、食堂を避けて一人部屋で過ごしている。カップラーメンやコンビニの弁当なんて、「むくむから」なんて言って食べていなかったのに、ここのところそんな生活ばかりだ。
良輔は何か話したい素振りで、俺の姿を見つけては声をかけようとしていたが、どう答えたら言いか解らずに、避けてしまっていた。電話にも出ず、メッセージも見ないままに、ただ時間が過ぎていく。
あんなに楽しかった日々が、遠い昔のようだ。このまま避け続けて、そのまま消えてなくなるように、関係も薄れていくんだろうか。
(俺は、どうすれば)
吐息を吐き出し、薄暗い廊下を歩く。良輔と鉢合わせるのが嫌で、最近は遅く帰るようにしていた。時間を潰す方法を、夜遊び以外に知らずに育ったせいで、時間を潰すのに苦労した。昔のように遊べれば気が紛れたが、そんな気分にはならなかった。
消灯時間間際の廊下を歩いていると、不意に柱の向こうに人影を見つけて、思わず立ち止まる。
「ん? 渡瀬。今帰り?」
「榎井……」
飲み物でも買いに来たのか、部屋着姿の榎井が居た。良輔でなかったことにホッとすると同時に、ガッカリしている自分が居た。
(逢いたくないんじゃ、ないのかよ)
自分の感情が整理できていない。どうしたら良いのか解らなかった。
「最近遅いの? 朝も夜も居ないじゃん」
「あー、うん。最近な……」
「ん? どうした」
「……ちょっと、太った」
苦笑してそう言う俺に、榎井が笑う。
「何だ何だ? 怠けてんのか?」
「まあ――そんなとこ」
「飲み歩いてんの?」
俺の自堕落な生活を知っていたから、そんなことを言うのだろう。その割に酒臭くないな、なんて言いながら歯を見せる。
「……いや、ボーリングしてて」
「は?」
「それしか時間潰せなくて。スコアが伸びてる」
「アハハ。何だそれ。何やってんの?」
「なんだろな」
「……本当に、何やってんの?」
真顔で聞かれて、「え?」と返した。
「泣くほどイヤなことあったんか?」
「――あ」
頬が濡れていることに、今気がついた。指先が、唇が震える。
「っ、運動不足だから、筋肉痛でっ……」
「言いたくないなら聞かないけどよ。部屋で一人居るのもキツいなら、俺の部屋来ても良いぞ?」
「う、ぐっ、惚れたらどうする」
「俺はマリナちゃん一筋だ」
「ふは、ブレねーなあ」
涙を手で擦って、俺は思わず笑った。
◆ ◆ ◆
榎井の部屋は初めて入ったが、想像していた通りのオタク部屋だった。アニメキャラみたいな女の子が描かれたタペストリーや、ゲームのモンスターのぬいぐるみ。壁につけられた飾り棚にはアクリルフィギュアが載せられている。榎井にしてみればコレクションの一部なのだろう。綺麗に整えられ、物は多いがスッキリしていた。
「ちょっと、良輔とケンカして」
ひとしきり泣いて、落ち着いてから、俺はそう呟いた。あれがケンカだったのか、良く解らない。けど、どうして良いか、整理が出来なかった。
「へえ。そんな根深いのなの?」
「んー。どうだろ。アイツ、なんか幼馴染みだったらしくて……」
「はぁ」
榎井の気のない返事に、少しだけムッとする。
「なんだよ。良いよ、聞く気ないなら」
「いや、そうじゃ無いけどさ。何か、別に意外でもなかったから」
「え?」
「だって、同郷だろ? 見てりゃ解るし」
「――え?」
その言葉に、ポカンとして榎井を見る。榎井は肩をすくめて見せた。
そう言えば、以前にも「付き合い長いのか?」と聞かれた気がする。
「良輔、お前と一緒だと方言でるじゃん。だから、同郷だと思ってたよ?」
「え。出てた?」
「出てた、出てた」
マジでか。全然、気づいてなかった。故郷を離れて十年近く経つ。もう、地元の言葉を忘れたと思っていたのに。俺は違和感も抱かずに、良輔と話していたのか。
「何が気に入らんの? 内緒にしてたこと? 故郷のこと?」
「え……?」
「渡瀬、地元が嫌いなんだろ? そんな感じだし。良輔も言いにくかったんじゃないの?」
「それは……」
それは、そうかもしれない。
俺は地元に良い想い出がなくて、二度と帰らないだろうとも思っていた。
(良輔はそれを解って……)
解って、居たかもしれない。俺に流れていた当時の噂を、良輔も知っていたと思う。
誘拐されたこと。誘拐犯にレイプされたこと。誰とでも寝るという噂も。
(なんで、俺と付き合ったんだろう……)
傷持ちで、性悪のろくでなし。しかも、整形男だったわけだ。
「……本当は、俺のほうが愛想つかされてんだ……」
ポツリと呟いた言葉を、榎井は鼻で笑って一蹴した。
「バカか? 良輔がそんなヤツじゃないって、お前知ってるだろ」
「――っ」
「アイツは、詐欺師相手に説得して、自首させるタイプのお人好しだぞ」
「……確かに」
妙に、納得してしまった。
例え、自分が損をしても、そう言うことを、する男なんだ。
「アイツは優しいから、お前が嫌そうにしてたら二度と話しかけてこないぞ。そうしたら、フェードアウトだってあり得る。渡瀬はそれで良いの?」
「――っ、それはっ」
そんなの、考えられない。
良輔は俺の――。
俺の、恋だ。
それは、変わらなくて。
「なら、気持ちの整理ちゃんとつけろよ。簡単な話だ。二択しかないんだから」
「二択……?」
榎井は指を二本たてて、俺の方に向けた。
「良輔と仲良くやるか、二度と喋らないか」
「――」
そんな二択、選択する、までもないじゃないか。呆れていると、榎井はにっと笑った。
「もう解っただろ?」
「……お前、頭良いな」
「第三者だから冷静なだけだ」
そうかもしれない。でも、スッキリしたかも。
少なくとも、俺は良輔の話を聞くべきだし、話をするべきだ。
「お礼にマリナちゃんの動画100個にいいねしてくるわ」
「友達価格で割り引きしてやるよ。99個で良い」
ニッと笑う榎井につられて、思わず俺も笑ってしまった。
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