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4 お人好し
ハァハァ……。
荒い息を吐きながら、シーツに突っ伏す。だらんと手足を放り出し、同じく息を荒くする良輔を見つめた。
「っ、渡瀬、大丈夫か?」
こんな時にも気遣うなんて、バカなヤツだな。と思いながら、良輔に近くに来るよう呼び掛ける。
「どうした? 痛いか?」
「キスして」
腕を伸ばしてねだったのに、くれたのはゲンコツだった。
「痛った」
「調子乗んな」
「セックスのあとの甘々キスが好きなのにぃ」
ごろんとベッドに転がっておねだりしてみたが、良輔が折れる気配はなかった。ケチめ。
「はぁ、気持ち良かった……」
まあ、セックスは良かったから良いや。それに、写真も撮れたし。これでひとまず、良輔が言いふらす心配は失くなった。
「お前さ、渡瀬」
「ん?」
「裏アカ消せ」
「えーっ?」
思わず不満が口を突く。
「えー、じゃねえ。今すぐ消せ」
「いやまあ、それは俺も思ってたんだけどさ……。ちぇ、フォロワー結構多かったのに」
アカバレした時から、消した方が良いかも、とは思っていたから仕方がない。後で作り直そう。痣でバレるとは思わんかった。今度はボカシ入れないとな。
(次作るアカは、もう少し慎重にやろ)
出会い用のアカと分けた方が良いかな。特定されたら嫌だし。
スマートフォンを操作して、アカウントを削除する。さよなら、俺の裏アカちゃん。
「ホラ、消した」
画面を見せると、良輔は納得した様子でハァと息を吐いた。それから、俺が脱がせた服を拾って着替える。
「お前も着ろ」
「えー? もう一戦しないの?」
「しねーよ!」
まあ良いけど。半分は冗談だし。
服を着ると良輔はベッドに腰かけ、頭を抱えた。
「はぁ……。マジで……」
「なんだよ。良かったろ?」
「そう言う問題じゃない……。男とヤったことにショックなのか、友達とヤったことにショックなのか……」
「両方じゃん?」
「お前が言うな」
ピシャリと返され、俺は笑いながら服を着る。笑い話にでもしなかったら、気まずいだろうが。
「ま、悪い虫にでも刺されたと思えよ」
そう言って立ち去ろうとする俺の腕を、良輔が掴んだ。
「待て」
「あん? まだ何かあんの? それとも、やっぱもう一回する?」
「黙れヤリチン」
酷え言い種。まあ、事実だから仕方がない。
良輔に促され、隣に腰かける。絶交しようという雰囲気ではない。
(なんだよ、面倒臭いな)
内心の面倒臭さを見透かされたのか、良輔がじとっと睨む。愛想笑いで受け流し、本題を言えと脇腹をつついた。
「――渡瀬、お前さ……。ホモだったの?」
「あ? いーや? アナルセックスが好きなだけで女の子の方が好きよ。男と恋愛とかないわーって感じ?」
俺は棒が好きなんであって、男には興味ないからな。
良輔は顔をしかめる。
「じゃあ、彼女作っておとなしくしてろよ。モテるクセに」
「えー? 俺、絶対に男と浮気しちゃうからムリだって。女の子可哀想じゃん」
「何でそうなるっ」
そりゃあ、良輔は『マトモ』だから解らないんだよ。とは、口にしなかった。
「俺、こんな生活ずっとやってんだよ? 今さら抜けられねーよ」
「――っ、けど、こんなことしてたら、危ない目にも遭うだろ」
そこまで言われて、俺は初めて良輔が心配して言っているのだと気がついた。
(呆れたお人好し――)
人が良いのは知っていたが、こんなクズ野郎を心配するなんて、どれだけ甘ちゃんなんだろうか。さっきは童貞まで奪われたってのに。
「まあ、後腐れない相手選んでるし、あんま気に入られたら逃げるようにはしてるよ。それと、合法でもクスリはやんねーようにしてるから。マジで平気だって」
まあ、万が一があったら、自業自得というヤツだ。
「お前っ……」
「わーかったって、良輔が心配してくれてんのは。説教は良いから」
「あのなあ!」
声を荒らげる良輔に、俺は顔を歪めて笑って見せた。
「そういうの、良いって。マジで。俺は言いふらされなきゃ良いしさ。お前だって、俺とヤったことなんか覚えてたくないだろ?」
「――」
俺の言葉に、良輔は黙ってしまった。そのまま黙っている良輔に、俺はホゥと息を吐いて立ち上がる。
「そんじゃ、これで『なかったこと』にしような」
そう言って立ち去る俺の背中に、「勝手に決めるな」と小さく良輔の声が聞こえたが、俺は聞こえないふりをして部屋から出ていった。
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