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夏目が悪いんだろ
どうやって家に帰ってきたのか記憶にない。無造作に部屋のベッドに横になっている俺は天井をただ見つめている。
こめかみを伝って、涙が流れるのが分かった。
ああ、俺、何やってたんだろう。
夏目、話しを聞いてくれって言ってたな、たぶん、俺の思い違いなんだろうという事は分かっている。
でも、お前と繋がれるかも知れない期待を裏切った光景が、思い違いで済ます事なんて出来ない位に衝撃だったんだよ。
知らねぇ誰かの隣りで目茶苦茶、楽しそうな夏目を見た俺の打撃、どん位だったか分かるか?
あの笑顔って、俺だけに見せてた笑顔じゃね?
俺と一緒だと夏目はよく笑った。楽しそうに、嬉しそうに、恥ずかしそうに、色んな笑顔を見せた、俺だけに。
『ごきげんよう』と言った後から、何件か着信と『ごめん』『話しを聞いて欲しい』そんな内容ばかりのメールが届いていたけれど、鬱陶しいからスマホの電源を切った。
電源を入れると、その後も何件か入っていたけど、諦めたのかそのうち止んでて、夏目らしいなと笑った。涙を流して笑った。
「もっと必死になれよ!」
スマホを部屋の扉に投げつけた。
俺が好きなら、俺を失いたくないなら、もっと必死になれよと歯を食いしばって、握る拳の力が強くなる。
そのまま、投げつけたスマホは扉の側で申し訳なさそうに留まっていて、朝まで過ごした。
あー、だるっ。
寝たのか寝てないのか分からない頭で、身体でベッドから出て、いつもの様に大学へ向かう。以前の通学経路、夏目の最寄駅経由では行かなかった。
この日、夏目は大学に来なかった。
当然かも知れないが夏目からは連絡もなくて、周りの人間が煩い。
「夏目は?」
「夏目と一緒じゃねーの?」
「一人で珍しいな」
うるせーな。
チッと舌打ちをして、まだ授業があったけれど途中で家に帰る。何を思ったか、俺は夏目の駅を通る路線で帰り、いつもの待ち合わせの駅に電車が止まった時に、涙が込み上げてきた。
五号車が停まるホームの椅子に、夏目が項垂れて座っていた。
朝から待ってるのかよ、朝から待って、ずっとそこにいるのかよ。
どうしていいか分かんなくて、喉の奥を突くツンとした痛みに耐えながら、閉まる電車の扉越しに見える夏目が遠くなった。
大きく静かに、何度も深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
だってお前、夏目が悪いんじゃん!
夏目のせいにしなくては、破れそうな心臓の痛みに、俺はとても耐える事は出来なかった。
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