夏目が悪いんだろ

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週明けの月曜日、今日も重たい足で大学に向かう。 講義室に入ると、俺を見た何人かが息を呑み、違う方へと視線が流れたのが分かった。 その視線の先を辿ると夏目。 漸く来たのか、良かったと正直内心ホッとした。 どうする?夏目の隣りに行くか?一瞬の間にぐるぐると思考が回った。 でも、そのまま目の前の席に座り、夏目の背中を遠い斜め前に見て、俺達に視線を送った仲間は気まずそうに前を向いて黙っていた。 俺はずっと夏目を見ていた。頬杖を突く手を右に左に変えながら、ずっと夏目の背中を見つめていた。 授業が終わり、学生がまばらに講義室を出て行く。バックを肩に掛け、ふと夏目の方を見たときに目が合った。もの凄い大きな鼓動がドクンとひとつ打つ。でも、瞬時に目を逸らした夏目に、同じ位の大きさの、ズキンとした胸の痛みが襲った。 俺が座っていたのは一番後ろの席。 後ろの扉から出ようとしていた夏目が踵を返して前の扉から出て行った。 目茶苦茶、へこんだ。 暑かったあの夜から、もう今は薄手の長袖が丁度いいくらいに風が爽やかになっている。上着もそろそろ出さないとな、そんなひんやりとした風に思いながら、抜けるような青い空を見上げて思った。 「あれ?久喜くん、だよね?」 先日行った美容院の前で声を掛けられた。 俺の髪をカットしてくれた美容師さんで、店の前を掃きながらニコニコと笑っている。 「覚えてくれてたんすか?」 「うん、久喜くん、カッコいいもん」 「嬉しい事言ってくれますね」 モヤモヤとズキズキとした胸の内が、ほんの少し弾んだ。 「久喜くん、ウチでバイトしない?」 「え?」 「受付の人が辞めちゃってね、求人出すトコだったんだけど、久喜くん来てくれたら凄いお店の顔になるからさ」 そんな風に言われて満更でもなかったけれど、就活が引っ掛かった。何も活動はしていなかったけど。 「とりあえずさ、中入ってよ」 美容師さんが俺の背中に手をやって中に入るようにと力を入れる。 いやいや、ちょっと待って。 「俺、就活あるんで」 何もしていないのに、そんな事を言った。 「その辺はちゃんと融通利かせるから安心してよ。本当はこの間来てくれた時にお話ししたかったんだけどね、初めて来てくれたお客様に失礼かなと思って遠慮しちゃった。話しておけば良かったって凄い後悔してたんだよ。また会えて良かった!」 何もしないでいるよりは気が紛れるかと思い、バイトを始める事にした。 もう、夏目と一緒にいる事もなくなるだろうしと思って、ズキッと胸が痛む。 バイトは週に四日、大学が終わってからの日と、日曜日は朝から。受付に電話応対、顧客管理に掃除など細かい仕事もたくさんあって、結構忙しく考え事をする暇もなかった。今の俺には丁度良い。 半月程経ち、そこそこ忙しくなった毎日に、夏目を想う時間も減った事が俺を冷静にさせたのか、このままじゃ駄目だな、と思い始める。 別れるにしてもハッキリとさせよう、でないと前に進めない気がする。 … とは言え、別れるって何となくピンと来なかった。そもそも、俺らの関係ってどうだったの?そんな事さえ頭を過ぎった。 意を決して、夏目にメールを送った。
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