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夏目は何も言わずにただ俯いている。寒いのか、胸の下あたりで腕を組んでさすりながら、じっと地面を見つめていた。
その光景は、俺から別れを告げられる事を恐れているようにも見えて、ほんの少し心が動く。
「あ、の… 」
俺が別れを言いかけた時に、夏目が顔を上げて
「俺っ!」
俺の言葉を遮った。
「なに?」
「あの日、本当に公務員試験の為の講座があったんだ」
夏目からあの日の話しをし始めた。
「その前の講座の時に、同郷の先輩に偶然会って、その先輩の会社が主催していた講座だったんだ」
だからって、なんで俺との約束をキャンセルしなきゃ駄目だったんだよ。そう訊きたかったけど、それこそ今更な、と思う。
「次の講座の後に一緒に食事をしようと誘われて、勉強のコツを教えてくれるって言って貰って… 何時に終わるか分からなかったから、長い時間が掛かったら申し訳ないから… 久喜との約束は取りやめにしたんだ」
「あ、そう」
気の無い返事をした。あの時にこの事を聞いたとして、俺、たぶん気は収まらなかっただろうなと思ったから、結果一緒だろうと思えた。
「久喜に、元々ゲイだったのか?と訊かれて、違う、と思ったけど今はそうだよな、とか頭の中が混乱して… 」
「まぁ、ゲイだったとしても変な事じゃねぇしな」
そんな風にしか返せない。
「だから…… ごめん、本当にごめん、久喜」
夏目が頭を下げた。
どういう意味で謝ってるんだよ、嘘を吐いた事か?だったら何でもっと早くに言ってこないんだよ。俺の事なんてどうでもいいと思ってると、そう思うだろ。
「だったら何でもっと早… 」
「言いたかったよ!」
またも俺が言い終わる前に話し出した。こんな夏目は初めてだ。
「でもきっと怒ると思って… 怒鳴られると思って… 久喜の怒鳴る声なんて聞きたくないんだ!だから… 」
… なに、可愛い事言っちゃってんの?
「でも俺だっ…」
「元々ゲイかと訊かれて!」
目茶苦茶、被せてくんな、俺に喋らせない気か?
「そう訊かれて、先輩の事を誤解してるって思ったけど、どう話せば誤解が解けるか分かんなくて、そのまま時が経ってしまって… 」
「…… 」
「次の日、久喜が待ち合わせの駅に来なかったから、本当に怒ってると思ったら、どうしていいか分からなくなった」
何時間も駅で待ってた日か、ホント、馬鹿だなお前。
でも、こんなに喋り続ける夏目は初めてで、それは俺を失いたくなくて必死になってると思っていいんだよな?
俯いて涙ぐんでいる夏目を見た。
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