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「そ、そうか… 」
「美容院でバイトも始めたんだ」
「……… 」
また俺は言葉が見つからなくて黙り込んでしまう。こんなんじゃ駄目だと自分を奮い立たせて久喜を見た。
自分の思いはちゃんと伝えないと、そう思って、口にした。
「それは良かった、けど… 」
「けど?」
眉を上げて怪訝そうに俺を見る。
「い、忙しくなって… あまり会えなくなるな」
久喜がやりたい事を見つけて何よりの筈なのに、やはり俺は会えなくなる寂しさを思った。
「ああ、お前も公務員試験の為の予備校に通いたいって言ってたよな」
第一志望は国家公務員、予備校に行く為に資料は揃えていた。確実に久喜との時間が無くなるのは目に見えている。
「…ああ… 」
切なさに目を伏せる。
キッチンに立つ俺に久喜が近付くと、後ろから抱き締めてきた。
「だからさ、俺、ここに一緒に住んでもいい?」
久喜の言葉に思い切り振り向いたから、俺の額が久喜の額に当たってしまい、「痛っ!」と手で押さえて踞る久喜。
「ご、ごめん!」
踞り額を押さえる久喜の顔を覗き込むと、
「ひでぇ石頭だな」と笑う。
「あ、あの… 今、なんて?」
一緒に住んでいい?そう訊いたか?
驚いて、あまりに嬉しくて、聞き間違いではないかと思い、確認せずにはいられなかった。
「ん?んー… 」
頭を掻いて口を尖らし、ほんのりと顔を赤らめた久喜を食い入るように見つめて、もう一度訊く。
「今、なんて言った?」
「なんかお前って、急にスイッチ入るよな」
おどおどせずに、はっきりと訊いた俺に若干顔を顰める。
「まぁなぁー、今までみたいには会えなくなるよな」
何て訊いたのか答えずに、久喜は照れ臭そうに頭や首の辺りを掻いたり摩ったりしながら離れてベランダから外を見る。
何て訊いたのかなんて、もうどうでもいい、俺は久喜の背中を見つめて問いかけた。
「久喜、ここで一緒に暮らさないか?」
ギュインっと振り返った久喜の顔があまりにも可愛い過ぎて、何故だか思わず吹き出してしまった俺に怒った様に近付いたが
「我慢ってするもんだな」
しみじみとそう言って俺をギュッと抱き締めると、感慨深気に肩に顔を埋めてスリスリとこすり付けた。
「そ、うだな」
何の話しか分からなかったけれど、合わせて頷いてみた。
「とりあえず着替えとか必要なもん、取ってくる!」
「今からか!?」
驚く俺に答えもせずに、あっという間に部屋を出て行く久喜の屈託の無い笑顔を見送ると、俺は幸せでくすぐったくなった胸を押さえた。
新しい、俺達の生活が始まる。
とんでもなく楽しい毎日が始まる。
── fin ──
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