プロローグ

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プロローグ

 人間とは感情に支配される生き物だ。喜怒哀楽、様々な想いが頭の中を交錯する。多様な感情を持ち合わせるからこそ思考し、他者を愛し、時に他者を恨むのだ。  それは至極自然であり当然である。しかし、常日頃からヒトは理性と言う名の着ぐるみでそれらを隠し、上手く付き合っているのだ。  ごく一部の”ケモノ”を除いては。  東京都千代田区霞が関。日本の中枢となる各省庁が立ち並び重々しい空気に包まれた街。そこで一際威圧感を放つ建物、警視庁。日本の東京都を管轄し、秩序を維持する為ヒトが放つ悪意と常に向き合い続ける組織だ。  そんな警察本部の刑事部、捜査一課に有瀬光多(うせこうた)はいた。  捜査一課殺人犯捜査第7係。その名の通り担当は殺人事件。  怨恨、復讐、痴情のもつれ。事件にはそれぞれの理由があり、それぞれの事情がある。  それらを紐解いていき事件解決へと導く職場だ。    「……今日は暇っすね、係長」  とは言ってもそう毎日事件が頻発するわけではない。事件発生時に担当の係が割り振られ、それ以外の係は手持ちの事件が無い限りは在庁している。  「うちが暇なのは良い事だ。こんな時こそ昇任試験の勉強でもしておけ、お前もうすぐだろ」  7係の係長、宮園は呆れ顔だ。仕事に対するオンとオフが激しい有瀬の態度に普段から手を焼いている。今日も放っておいたら昼寝でもし始めそうな程、緩んだ表情だった。  「うーっす」  「先輩、次警部補ですもんね!この若さで流石っすよ」  有瀬の後輩の高柴悟は羨望の眼差しを向けていた。当人も優秀な部類だが、過去の数々の功績から有瀬を心から尊敬しているらしい。  「まあうちのエースだからな、有瀬は。実績は十分なんだ、くれぐれも試験で残念な成績を収めないでくれよ」  宮園は有瀬の肩をバンバンと叩き大笑いして廊下へ向かって行った。  「面倒くさいなぁ。なあ、悟。今のうちに抜け出して一杯やらないか?いつもの店、もうすぐ開店時間だろ。それにお前のお気に入りにも会えるぞ」  本庁から徒歩で10分程のBARがここ半年くらいの行きつけになっている。酒の質も雰囲気も良いが、高柴の目的は今年入ったという新人の歳上女性だ。  「そりゃ玲子さんには会いたいですけど……え、でも先輩、試験勉強は良いんですか?それに在庁しているの7係だけなんですから、ここに居ないと……」  「良いんだよ!ほら、急ぐぞ」  有瀬は急いで荷物をまとめると、先程宮園が出て行った廊下の様子を見る。  不安そうな表情で後ろにいる高柴へ合図を送り勢いよく飛び出した次の瞬間、事件発生を知らせるブザーと、署内への放送が鳴り響いた。  『墨田区立錦糸公園の噴水付近にて人体の腕部と思われる物体を発見。その他の部位は捜索中。殺人事件の疑い有り。直ちに現場へ急行してください』  有瀬は肩を落とし高柴の方を振り返ると、さらにその奥にいる宮園の姿に驚いた。  「おう、もう準備が出来ているなんて二人とも関心だな」  「ハハハ…は、はい。おい悟、さっさと現場行くぞ!」  有瀬は、先程とは違った意味で勢いをつけ、飛び出した。
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