第三夜-5

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 まさか交際相手が居たとは……。考えなかったわけではないが、男性からの性被害に合っている女性は他の男性にも恐怖心を抱きやすい。社会復帰の足枷になるケースもある。さらに葉田の場合はそんな精神的苦痛の原因になる出来事が何件も重なっている。交際相手がそれらを受け入れられるとも考え難いが、何よりも葉田自身の心境の変化に疑問を抱かざるを得ない。  「その彼氏との会話を、詳しく教えてください」  佐藤は電話に出た交際相手と名乗る男から葉田里乃の訃報を聞き、今のように泣きじゃくってしまったという。私のせいだと何度も何度も謝罪をして。黙って聞いていたその男はただ一言、「アナタのせいではないですよ」と言って電話を切ったそうだ。  「それ以来電話がかかってくる事はなかったです。半年ぐらい経った時、私から電話してみたらもう解約されていたようでした」    「……わかりました。最後にもう一点だけ、今日並木店長は何をしているかわかりますか?」  「店長ですか?休みの日は大体家族とお出かけしていると思いますけど……」  「家族?離婚されていると聞きましたが……」  「ええ、離婚はしていますが休みの日は全て娘さんとの面会の日にあてているって聞いています。娘さんもパパが大好きだからって、元奥さんもそれは許してくれているみたいで」  「そうですか……」  その場で本部へ連絡し元妻に証言を取るよう連絡した。恐らく佐藤は嘘を言っていない。そして本部からの返信を待たずとも、恐らく並木も白だ。娘との良好な関係の裏であのような残虐な行為を重ねられるようには思えなかった。  疑ってかかるのが仕事とはいえ、とんだ見当違いをしていた自分を恥じた。 並木の連絡先を受け取り、佐藤との話を切り上げた。俺は感謝と疑念を抱いていた謝罪の気持ちを込めて一礼しアパートを出る。  外はこの時期らしく高温多湿で不快感を体現したような空気。空振りだった事も合わさって苛立ちを増す舞台装置のようだった。それらを吹き飛ばす為、ポケットにしまっていた煙草に火を付けた。普段よりも深く煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。感情に支配されないよう脳をクリアにする為、無理矢理にでも自分自身を落ち着かせるのだ。  少し冷静になれたところで、並木の番号を携帯電話に入力する。通話ボタンを押すと、2コール程で繋がった。  「はい、キッチンなみきです」  店の予約電話が転送されるようにでもなっているのだろうか、営業モードの声がした。しかし電話の奥で『パパ、誰とお話しているの?』という可愛らしい声が聞こえると父親らしい声で『お仕事の電話だから少しだけ待っていてね』と返答している。  「お休みのところすみません、先日お話伺った有瀬ですが……」  「ああ、どうも。どうされました?」  アナタを疑っていて、とは口が裂けても言えなかったので聞きたい事があると濁して話を続けた。  「例の柳井の事件について、ここ最近誰かに話したりしましたか?」  佐藤にも同じ話をしたが彼女は心当たりがないという。そう簡単に誰かに話す内容ではないので、ごく自然な事だ。  「ああ……そういえば二人ほど、話しをしました。ひとりは里乃ちゃんの友人だという女性の方、もう一人は亡くなる直前まで働いていた職場の社長さんでした。二人とも電話でしたけど」  思わぬ証言が飛び出した。友人の女性というのも気になるが、ここで小坂の名前があがるとは……。しかし何故だ。葉田本人から柳井の事件を聞いたのだとしても、わざわざ並木のところへ連絡を入れる必要があるだろうか。それとも知る必要が出てきたという事か……。    通話中という事も忘れ言葉に詰まっていたところ、並木の呼びかけで正気に戻る。短く礼を伝え電話を切ると、俺の足は迷うことなく進みだした。小坂の居る拘置所へ向けて。
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