第三夜-7

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第三夜-7

 小坂から聞いた遺書の内容、正確性には欠けるが嘘は言っていないだろう。葉田自身のこれまでの被害と、隠していた事。そして『ケイちゃん』への想いと願い。  「葉田はお前からの被害については恋人に黙っていたんだな。それ以外のいくつかの事についても」  「ああ、そうだよ。だから燃やした。これが見つからなければ事実を知っている人間は居なくなる。そう思ったんだ。アンタに見抜かれるまではな」  「情けない男だな、本当に」    わかっていたとは言え一社の社長ともあろう人物の器の小ささに呆れ、これ以上会話を続ける気が起きなかった。その後も自身の身の安全についてしつこく問う小坂を背に俺は面会室を出た。  葉田の遺書からも、一連の拷問配信事件を起こした犯人は『ケイちゃん』で間違いないだろう。現場の防犯カメラに写っていた男が恐らくそうだ。手掛かりは少ないが調べるべき点は見えてきた。あとはそれを線に繋げていくだけ。だが、どうも足が重い。推進力を失った船のようにゆっくりと歩幅が狭まる。  俺はまだ犯人の事を悪だと認められずにいた。西浦の事件の時もそうだったが、より一層強い想いとして俺の中にずっしりと存在している。警察官としては失格だ。だが、その前に俺は一人の男だ。  きっと彼は愛する人を傷付けてきた悪意の他人、西浦や赤川、柳井に対して闇の中を這いまわる冷たい手のように暗く深い奥底から沸き上がる憎悪をぶつけてやりたかったのだ。自身の罪を認めず罪とも思わず何の罰も受けずに生きている奴等を自身の手で突き落としてしまいたかった。そんな彼をどうして止める事が出来るだろう。葉田を苦しめてきた悪魔達になんの施しが要るだろう。俺の頭の中では、彼を捕まえる事が正義だとは到底思えなかった。  このまま遺書の事は黙っておこうか。一瞬脳裏を過った感情論を振り払い、深く深呼吸する。そして宮園の言葉を思い出す。  「刑事である前に一人の人間だ。感情に無理に蓋をする事はない」か。 確かにそうだ。極端な思想は危険だが、自身の感情と向き合って理性で制御しながら生きているのが人間だ。しかし彼はどうだろう。今は理性という枷が一切の仕事をせず感情の赴くまま復讐を遂行しているのではないだろうか。まるで、ケモノのように。    「そうか……だから止めてやらなきゃならないんだ」    葉田の遺書が存在した事が判明した。その内容も。そして、その意味も。  経緯はどうあれその中身は彼に向けて書いたメッセージだった。彼の身を案じ今後の人生を全うしてもらう為の文章だったはずだ。今彼がケモノになってしまっているのならそれは葉田の願い通りではない。 彼にこれ以上罪を重ねさせない為にも、越えてはいけない一線を越えてしまわない為にも、いち早く葉田の想いを伝えるべきだ。  ようやく俺の決心はついた。これは彼を止める為の闘いだ。
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