第四夜-4

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第四夜-4

 昼間の蒸し暑さが抜けきらない短い夜。バーカウンターの先に並ぶウイスキーやカクテルのリキュールを一瞥し、たまには強い酒でも入れるかなど柄にもない事を考えているうちに冷えたレモンサワーが運ばれてきた。  「あら、違うものが良かったかしら?」  玲子さんはついでに持ってきた灰皿をセッティングしながら色気漂う笑顔をこちらに向けている。これには悟が落ちるのも頷ける。  「ああ、いや。良いんだ、これで。やっぱり俺はこれじゃなくちゃ」  「そう、よかった」  酒を楽しむより喉を潤したい気分だったので、結果的にこれが正解だった。自分でも驚くほど喉を鳴らして炭酸とレモンの酸味を体に入れる。半分ほど一気に飲み干し、タバコに火をつける。ゆっくりと吐き出した白い煙をぼんやり眺め、それほど進展のない捜査状況に対する苛立ちがこの煙のように消えたらと無意味な事を考えていた。  あれから数日が経過したが結局、配信アプリからは新たな情報は得られなかった。アモン以外の元フォロワーはアカウントこそ残っているものの、配信などは行っていないらしい。目当ての配信者であるRinoが姿を現さなくなって数か月、現実での生活に変化が訪れ忙しくなった者、単純に飽きが来た者、名前を変えて別の配信を行っている者と理由は様々だそうだ。  当時のRinoは主に雑談と呼ばれるカテゴリで、遊びに来たリスナーのコメントに反応し会話を楽しむタイプだったという。勿論そんな上辺だけの会話で満足しない、所謂熱心なファンも時折現れた。恋愛感情を抱いているのかいないのかは不明だが、好意を匂わす発言を連投し困らせてみたり、ダイレクトメッセージでアプローチを仕掛けてみたり、発言の節々から居住エリアを探ろうとしたり。Rinoへの直接的な接触を試みる男性リスナーも存在していた。現実世界でも似たようなタイプはいるが、実際に行動に移すのはほんの一部。頭のネジが外れた、他人の迷惑を顧みることも想像できない極めて小さい脳みその低俗な人間だけ。だが、インターネットの世界となると話は変わる。顔も名前も出さない状況は人間の欲を助長する。  そんな被害に合っている彼女を熱心に庇いサポートしていた中心人物が谷口だったそうだ。谷口としては好意を寄せる相手に頼られる事で得られる幸福感に酔いしれていた事だろう。その先にある残忍な事件に巻き込まれるとも知らずに。  いや、巻き込まれたのではないのかもしれない。自ら進んで協力したのだ。逆井も、谷口も。  協力者達の心情は理解できたが、それほどまでに他人を魅了する第二の葉田の姿は全く想像がつかない。一体どんな女なのだろうか。浮気の願望はないが、一人の男として興味が尽きない。
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