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「……負けました」 眼の前の棋士が頭を下げた。 俺はゆっくりと頭を下げる。 「99手をもちまして、金子九十九五段の勝ちです」 記録係がそう言った。 (うれしー! しかも、99手で勝ったぞ!) 俺は名前が九十九だし、何となく99手で勝つのが気持ちよいのだ。 尊敬する兄弟子がタイトル99期の最多タイトル保持者ということもあるし。 大きな声で勝利の喜びを叫びたい。が、そんなことを対局の場でやったら俺は将棋界から追放されるだろう。 俺は19歳だが、それくらいの分別はあるのだ。 俺は高ぶる気持ちを抑え、対局室に集まってきた新聞記者たちからのインタビューに答えた。 「金子5段、本日の勝利おめでとうございます」 「あ、ありがとうございます」 「これで田中龍王への挑戦が決まりました。今のお気持ちは」 俺はすぐには答えない。将棋の棋士はちょっとためてから答えるのが定石なのだ。 「うーん。そう、ですね……今は……そうですね、素直に、うーん。まあ、嬉しいというか、まあ、はい、嬉しいです」 嬉しいですと簡単に言えばいいのに、長々と答えるのも棋士の定石なのだ。 「今期の龍王戦は第99期です。金子5段はお名前が九十九ですし。そのへんの感想をお願いできますか」 (うむ、良い質問だ)   「あ、はい。うーん……そうですね。いや、そういったことは特に考えてなかったのですが……」 いや、嘘だ。俺は絶対に第99期龍王になりたいと思っていたし。 そんなこんなのインタビューを終え、感想戦も終えた俺は帰宅途中でトラックに轢き殺された。 ・・・・・ どうやら、あのトラックは異世界転生トラックだったようだ。 俺は異世界で15歳になり、スキルが発動したと同時に前世の記憶がよみがった。 そう。俺は地球の日本でプロ棋士だったのだ。 トラックに轢き殺されてから俺は、誰かは知らないが声だけの存在から転生の説明をされた。 その時は夢かとか思っていたが、本当に俺は転生したんだな。 「おめでとう」 「あ、はい。そうですね……ありがとうございます」 神殿の神殿長にお礼を言った。 ここは、俺が住んでいる町に建っている神殿なのだ。 この世界の人間は、15歳になるとスキル発動の儀式がある。 その儀式は、俺が住む国では基本的に神殿でやることになっていて、今日は俺の誕生日だった。 で、スキル発動用の大きな水晶……その水晶は地下を流れる地脈と繋がっていて、その水晶を触ってしばらくすると、だいたいの人間はスキルが発動する。 どうやら俺は、スキルが発動するだいたいの方だったらしい。 水晶が光ったから。 10分くらい過ぎても光らない場合、スキルが発動しない人間なのだ。 光らない人は30分くらい粘る人もいるらしい。 「ステータスの確認を」 「あ、はい」 俺はステータスをオープンした。 ステータスは他人には見えない。眼の前に現れるのだが、正確には脳内で見ているらしい。 (なるほど。俺のスキルはマジックハンドか。マジックハンド? 魔法の手?) 「スキルは何かな」 「えっと……マジックハンド、です」 「マジックハンド? 魔法の手?」 「はあ、たぶん」 「魔法使いなのか?」 「さあ?」 「レベルは?」 「あ、えっと……」 (……レベル99。マジか、おい) スキルにはレベルがあり、最高は99なのだ。いや、その上もあるかもだが、確認されている最高は99なのだ。 しかも、15歳でレベル99なんて聞いたことがない。 (これ、本当の事を言ったら絶対に面倒になるやつだよな) 「レベルは、9です」 「9?」 「はい」 「そうか」 「はい」 「魔法使いは最低でも30からスタートだが」 「はあ」 知ってるし。しかし、俺は99だし。 「レベル30以上のスキルなら国へ報告なんだが」 「手間がはぶけましたね」  「それはそうだが、魔法使いのスキルが発動したら、必ず国へ報告しないといけなくてだな」 「でも、僕はマジックハンドですから」 「まあ、レベルも9だしな」 「はい。魔法使いは最初からレベル30以上ですもんね」 「そうなんだよ」 「だから、僕は魔法使いではないですね」 「本当にレベル9なんだね?」 「はい」 「そうか。レベルはレベル鑑定士でないと分からないからね」 「ですね。この町にはいませんね」 「レベル鑑定士は少ないし、ほとんど王都にいるからね」 「ですね」 そんな感じで、俺の本当のレベルはバレずにすんだのだった。
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