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馬車の旅で大変なのは、トイレと食事と急病時くらいか。 町や市の外は猛獣やモンスターがウロウロしているから、道沿いに公衆トイレや飲食店なんかない。病院なんかあるわけもない。 だから、住んでいる自治体から他の自治体へ移動するのは、成人した健康な男女くらいだ。 身体が弱くて移動中に発病したりしても、病院がある場所まで行くまでほったらかしにされるだけだ。 偶然にも医療師が乗っていれば何とかなるかもだが。その確率はかなり低いだろう。 トイレ休憩はしてくれるが、草むらで用を足さねばならない。 なので、高貴な女性や大金持ちの女性は、トイレ付きメイド付きの馬車をチャーターして移動する。 隣のイリー市まで6時間。真っすぐな道ならもっと早いだろうが、くねくねとした山道も多く時間がかかるのだ。 市や町は円形状になっている。結界水晶の効果が円形状だから。 だいたいの市は半径5キロくらいだ。どんだけ大きな結界水晶でも、その範囲が結界の限界らしい。 道中のトイレ休憩で、俺は草むらに立ちションした。客はみんな男だから、みんな立ちションだ。 隣に座っていた男が俺のを見て「はっ、ガキだな」と。 ムカつく野郎だな、こいつは本当に。 ナニのどこがガキか知らんが、こんな道中で問題を起こして馬車から降ろされたら困るだろ。馬鹿なのか、こいつは。 俺は我慢してスルーした。 お前、俺のレベルは99なんだぞ。俺が本気出したらお前なんかイチコロなんだからな。 で、何とかイリー市に到着した。 急病人も出なくて良かったぜ。 喧嘩沙汰も無かったし。 まあ、俺が我慢したおかげだからな。感謝しろよ。 馬車から降りるムカつく野郎に、そう心の中で言っておいた。 イリー市に入るのに、身元確認とかはされない。結界水晶馬車に乗る時点で済んでいるからだ。 それに、町や市の中では滅多に大きな犯罪は起こらない。殺人レベルの犯罪者は結界水晶の力で結界の外へ素っ裸で追放されるから。 結界水晶、マジですごいよな。 どんな凄いスキル持ちでも、結界水晶の力には逆らえないそうな。 どんな強い奴でも素っ裸で全ての猛獣やモンスターに勝てるわけがないし、どんな強い奴でも食事や睡眠は必要だし、トイレ中に襲われたらアウトだろ。 だから、結界水晶の結界内では滅多に殺人レベルの犯罪は起こらないのだ。 ここで、ふと思った。 あれ? 俺は何で実家を出て馬車で6時間もかかるイリー市に来たんだ? 家族に「俺は手品師になる」と言ったからなんだが。 しかし、手品師になる気は無くなっている。 うん。手品師になる宣言は、完全に若気の至りだったな。 手品師になる気がないなら、実家の仕事を手伝うか、生まれ育った町で実家に住みながら屋台でもしたほうが良かったような。 ……まあ、帰りの馬車代だけは残しておいて、やるだけはやってみるか。 どっちみち駄目なら実家へ帰るしかない。 とりあえず、市役所の相談窓口みたいなところへ行ってみるか。 少し待つと、俺の順番になった。 担当の人は40歳くらいの女性だ。 「こんにちは。ご相談の内容は」 「こんにちは。あの、実はですね、イリー市で屋台をやりたいと思いまして」 「食べ物とかを売る?」 「はい」 「今までに仕事の経験は」 「無いです」 「成人したばかり?」 「そうですね」 「イリー市の住民ですか?」 「いえ、隣のイロ町です」 「どうしてイリー市に?」 「……ちょっと家族と離れて、自分の力だけで何とかやってみたいなって」 「なるほどね」 「はい」 「名前を聞いてなかったわね」 「ナインです」 「ナインさん」 「はい」 「甘いわね」 「え?」 「スキルは持ってるの?」 「はい」 「でも、レベルは30未満よね」 「まあ、はい」 「成人したばかりで30以上だったら、基本的に王都へ呼ばれるから」 「そうですね」 いや、本当はレベル99だぞ。 「で、レベルは」 ……レベル9と言ったら「帰れ」とか言われそうな雰囲気だ。 「29です」 「あら。へえー、なかなかね」 「まあ、はい」 「でも、おしかったわね」 「まあ、はい」 スキル発動時でレベル30以上は、上級公務員になれるエリートなのだ。 「15歳でレベル29なら、何とかなりそうね」 「ですかね?」 「嘘じゃないわよね?」 「え?」 「レベル」 「あ、はい」 「レベル鑑定士を呼ぶから待ってて」 「え?」 「将来有望な若者には、イリー市としても投資をするのよ」 「はあ」 「成功してくれたら多くの税金を納めてくれるし」 「なるほど」 いや、しかし、俺のステータスは日本語表記なんだが。読めないと思うが。 いや、しかし、スキル鑑定士なら言語関係なく読めるのか? そんなことを考えていたら、スキル鑑定士がやってきた。
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