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「よし、準備完了だ」
ビーズクッションの中に身を潜めながら、ボクは憧れのヨシコさんがウチに来るのを待つ。
ヨシコさんは、ボクの姉の友人だ。女性作家をしていて、ミステリを書いている。
編集者である姉と、今日も打ち合わせに行っていた。
「乱歩が好き」って言っていたので、ボクは『人間椅子』をマネすることにしたのだ。
「人をダメにするソファ」
ってあるでしょ?
原作だと革の椅子に入り込むけど、ボクはビーズクッションを選んだ。
その方が密着度が高いと思ったから。
なにより、今は真夏でクソ暑い。
ヨシコさんが、姉と一緒に帰ってきた。
ボクが家にいないのを不審がっている。
しかし、「どうせまた高校の同級生とゲーセンだろう」と、晩酌を始めた。
ヨシコさんはいいことがあると、腸詰めをハイボールで乾杯するのが常なのだ。
ああ、お肉のいい匂いがする。でも、ヨシコさんのシャンプーの香りには敵わない。
お腹が鳴っちゃった。
姉が不審がっていたが、気にせず腸詰めをフライパンで焼く作業へ戻る。
ヨシコさんが、ボクの入っているビーズクッションに乗っかった。
ああ……思わず、声が出そうになる。
息を殺して、ヨシコさんの体重を肌で感じた。
ヨシコさんは昔、寝ぼけてボクの布団に間違って入ったことがある。
その日から、ボクはヨシコさんの体重をたびたび思い出しては、妄想にふける日々を送っている。
夢のようだ。今もこうして、ヨシコさんの体重を感じ取っている。
すばらしい。
ヨシコさんが、なにやらグニグニして、何度も体重を入れ替えている。身体がしっくりこないのだろう。
それはそうだ。ボクが中に入っているのだから。
このクッションは、相当に厚みがある。通気性も悪い。
しかし、その分体積があって、人が入っているなんて誰にも思われなかった。
もっと、もっと身体を押し付けて。ああ、いい。
夢心地になって、頭がクラクラしてきた。
こんなに幸せなことはない。
「ちょっとヘイスケ! あんたなにやってんの!?」
薄れていく意識の中、ボクは姉の声を聞いた。
次に聞こえてきたのは、救急車の音である。
気がつくと、ボクはベッドで点滴を刺されていた。
「あんた熱中症で倒れたのよ! なんであんなことしたの!?」
姉が、ボクのおでこをペチンと叩く。
「ボクはいつ死んでもいいんだ。ヨシコさんに押しつぶされて死ねるなら本望だよ」
「ドン引きなんだけど!? ねえヨシコもなんか言ってやりなさいよ!」
ヨシコさんが、ボクの顔を覗き込む。
「普通にお話とかできないの?」
「できないよ。ボクは交際したいんじゃなくて、ヨシコさんに押しつぶされたいんだ」
「あんた、動機まで乱歩の登場人物っぽいんだけど!?」
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