少女卒業

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─『ねえ、あたしを、おんなにして?』 淡いピンクのフリルやレースがついた下着姿の写真と一緒にそのひとことを添えたら、さっそくコメントがついた。 『かわいいですね。会いましょう』、と。 さっそく日時を決めてその日に向けて下着を新調したりムダ毛処理をしたりピルを買ったり準備していた。 ─それがまさか、あの人だったなんて思いもせずに。 約束の日、あさ電車に乗って待ち合わせ場所にいたのは、あたしがむかし好きだった人だった。 『久しぶりだな』 変わらない笑顔で迎えてくれた。 どうして、なんで、と聞きたい。 聞きたいのに、久しぶりに会っても変わらない様子に安心しちゃった。 『じゃあ、行こうか』 誘ったのは、あたしなのにむかしと変わらずただただついていくしかできなかった。 予約してくれたホテルは、あたしの好みの姫部屋風のかわいくてラグジュアリーなホテルだった。 『かわいい…』 思わずつぶやいたひとことにあの人は、どこか満足げだった。 むかしは、自分の好みのものばかりプレゼントしてきたのに、いつの間にか変わったんだね。 やっぱり、あたしの知らないところで知らない女と付き合ったりしていたの? 問いたいことは、いつも問えない。 いつも、こう。 あたし、やっぱり変われない、見た目変えてもぜんぜん、だめ、ね。 『また落ち込んでる』 ああ、また、めんどくさいっておもわれた。 めんどくさくてごめんなさい、いい娘になれなくて、ごめんなさい。 『困ったな、これからちょっと説教するつもりだったんだけど』 え、説教? 一気にかなしい気持ちが吹っ飛んでしまった。 『なんで、あんなことしたんだ』 それは、さみしかったから 、なんて、いえるわけない。 『また、だんまりか。相変わらず変わってないな、そういうところ』 また、あきれられた。 『むかし、晒すなっていったよな?』 『なんで、分からないんだよ』 だって、その呪いをかけたのはあなたでしょ。 あたしのこと、女として見れないって云ったくせに。 涙がひと粒溢れる。 『ああ、もう、泣くなよ』 あの人の白く長い指が涙を拭いた。 『俺は、きみに自分を大事にしてほしいだけなんだ』 中途半端なやさしさがいちばんたちわるい。いじわる。 『あんなコメント送っといてよくいうよね』 『ああ、あれはな。きみだってわかったから、止めなきゃなって』 なに、それ。 『そういうのが、いちばんいや』 好きになってくれた女が自分以外と肌を重ねるのが嫌なくせに選ぶ気はないんでしょ、知ってる。 ほんと、ずるい人。 『さっきからなにか勘違いしてるみたいだけど、俺きみのことが大事だから。えーと、つまりは、さ』  急にあの人の顔が近付いた。 それから先のことは、覚えていない。 いま、あたしのとなりにいるのはあの人じゃなくて別の知らない男。 つまりは、知らない男と肌を重ねたあとに眠ってあの人の夢をみたのだ。 ほんと、夢って、残酷ね。 もう、いつまでも少女じゃいられないみたい。 ねえ、あたし、ちゃんと大人になったよ。 あの人は、大人になったあたしなら好きになってくださる? ホテルからみつめる夜空は、星のひとつもなく真っ黒でいまつけている真っ黒の下着とリンクしてるみたいで。 これが、リンクコーデというやつか、と皮肉げに嗤ってみせるしか、この気持ちをごまかすことができない。 大人って、さみしくて孤独ね。 だから、大人はお酒飲んでいいのかも。 そうじゃなきゃ、抱えるつらさをごまかせないから。 あまいチョコレートからビターチョコレート。 少女から大人の女になる過程って、きっと、そういうことなんだろう。 『はじめては、あの人がよかったのにな…』 届かない言葉を、真っ暗な夜空に向かって投げかける。 聞こえるのは、知らない男のいびきだけだった。
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