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バリバリのヤンキーがいちごのショートケーキを食うのが、そんなに珍しいかよ!
メイドさんのいるカフェで、いちごのショートケーキを食っている。
いわゆる一般的なメイドカフェじゃない。
ゴシック調の本格的なカフェだ。
紅茶の香りが強いから、喫茶と呼ぶのが妥当かもしれない。
超うめえって聞いて、たしかにウマイ。
しかし、こうも注目されては、味わうどころではないな。
くう、気まずい。
店員のメイドさんまで、怖がらせてしまっていた。
ドレスコードは、それなりだと思っていたが、ヤンキーを通り越してワンランク上の「ヤの字」に見られている。
「ちょっといいかな?」
メイドの店員さんが、オレの真正面に座った。
厳密には、さっきまでココでお給仕をしていた女性だ。
今は、普通の格好をしている。
ショートカットで、格好も男装に近い。ユニセックスというのだっけ?
「失礼」
首に名札をぶら下げていたままだと気づいて、メイドさんは外す。
「カノカ」さんというのか。
ネコの足跡をかたどったスタンプが、えらいギャップだ。
おおかた、景観を損ねる姿のオレを、追い出しに来たんだろう。
そういう店かよ。
ここのいちごのショートケーキのように、甘くはないか。
「すんません。お気に障ったなら退席します。ごっそさんでした」
気分を害したオレは、レシートを手にしようとした。
「気にしないで。今はオフなんだ。それより」
「出ていけっていうんでしょ?」
「いや違う。一緒に食べようじゃないか」
彼女はオレの手を取って、着席を促す。
「はあ?」
オレは、首を傾げた。
周りをビビらせないように、小声で。
「すまない。私も、彼と同じものを頼む」
「か、かしこまりました」
オーダーを頼まれたメイドさんが、ビビっている。
しかし、仕事はした。ちゃんと、ケーキとコーヒーを運んでくる。
美人でカッコいいカノカさんにお給仕できる方が、勝ったのだろう。
「なんなんすか? オレが気に食わないから、追い出しに来たんでしょ?」
「何を言っているんだ? みんな、キミのような人なんて初めてだから、戸惑っているだけさ」
あと、敬語もよせと言ってくる。
「あんたは、なんで平気なんで……なんだ?」
「兄が、こういうものでね」
そう言うと、カノカさんは自分のホッペタに指先をツーっと這わせた。
身内が、マジのスジモンかよ……。
「といっても、タダの鉄砲玉さ。下働きのチンピラだよ」
「それでも、オレはそれなりに名が知れているぜ? 怖くねえのか?」
「キミのような人間は、兄が何人も連れてきた。でも、私の方がケンカは強かったな」
おっかねえ。ケンカを売るべきではないな。
そもそも、オレはファッションヤンキーだし。
「それより、ケーキを食べよう。デートの続きをしようじゃないか」
「う、うん」
「なんだ? デートという単語に過剰反応してしまったかい?」
「ううううるせえ」
砂糖ドバドバなセリフを告げられ、オレはコーヒーで中和した。
「おいしいかい、ここのケーキは」
「ああ。やっと味がわかる。乗せているいちごの酸味を、わざと強くしているな。生地に苦目のリキュールを利かせているのも、生クリームをおいしくするためだよな?」
このショートケーキは、甘めのいちごをムース状にして、生クリームと混ぜている。
その甘さに合わせて、違う味をブレンドしているようだ。
「そうなんだ。全部甘ったるいと、味に飽きが来るのが早いからね。アクセントをもたせているんだよ」
やけに具体的だな。
「ひょっとして、これはあんたが?」
驚いた。こんな優しい味を、目の前にいるクールビューティが作ったとは。
「なんだ? 男みたいな格好をしている女性が、パティシエを目指していては、ダメかい?」
頬杖をつきながら、カノカさんはオレに挑発的な視線を投げかけてくる。
「いや。人は見かけで判断しちゃダメだよな。あんたも、オレを迎え入れてくれたんだ」
「ありがとう。うれしいよ。これも食べるかい? 自信作なんだ」
そう言って、カノカさんが差し出したのは、いちごのモンブランだ。
「いいのか? じゃあいただきます。ん! これもうまい! 大胆な味付けだな!」
「わかってもらえたか……うう」
目を見開いて喜んだかと思えば、カノカさんがシュンとしてしまう。
何が起きたのかと思った。
原因は、オレの後ろの席に。
なんと、モンブランを食べずに、自撮りだけして帰ろうとした客らがいた。
こういう人が多いってのは聞いたことがある。
いわゆる「映える料理」を注文して、撮影だけをして食べずに帰る客がいると。
そんな客を、カノカさんは間近で見ていた。
「ありがとう」とも、「もう帰っちゃうのか」とも取れる、複雑な表情である。
カノカさんの顔を見たら、立ち上がらずに入られなくなっていた。
「ちょっと待ってくれ!」
オレは、自撮り客たちを呼び止める。
「ひっ!」
女性客たちが、オレを見て後ずさった。
そりゃあそうだよな。
いきなりこんなヤンキー全開なヤロウに声をかけられたら、誰だってビビる。
「ああ、すんません。これなんすけど、めちゃうまいんすよ。食べないと損ですよ」
「は、はあ」
女性客たちは、怯えながら話を聞く。
「でも私たち、実は甘いものが苦手で」
「大丈夫です。このいちごのモンブランっすけど、一見すると甘そうですよね? ところが、味付けの工程が普通のモンブランと違うみたいなんすよ。わざと渋みを利かせているんです」
クリのモンブランなら、クリを砂糖の汁で甘く煮る。
しかし、この紅いモンブラン上に乗っているいちごは、茶渋で煮ているようだ。
おそらく、紅茶かほうじ茶だろう。
それにより、いちご本来の甘みを際立たせている。
果糖、つまり果物の甘味だけで勝負しているのだ。
「見た目に反して、さっぱりした甘さです。安心してください。おねがいします」
オレは、女性客に頭を下げた。
「うん。この人の言ってる通り、おいしい!」
女性客の一人が、モンブランを口にして絶賛する。
「ホント? 甘すぎない?」
「大丈夫。これなら甘いケーキを気にする女性でも食べられるよ!」
試食者の促しによって、残った女性客たちもいちごのモンブランを味わった。
「おいしい!」の声が、店にこだまする。
そのせいか、モンブランは飛ぶように売れた。
カノカさんを見る。
目を閉じながら、カノカさんは「ありがとう」と口だけを動かしていた。
会計を済ませて、店を出る。
「今日はありがとう。キミは恩人だ」
「いや、たいしたことはしていないよ」
モンブランを作ったのは、カノカさんだ。
カノカさんがすごい。それだけわかってもらえたなら、いいんだ。
「お礼と言えばなんだけど……今後も、私の甘味巡りに付き合ってくれると助かる」
「もちろんだ。オレも甘いもの探しは好きだからな」
「どうもありがとう」
互いに、連絡先を交換し合う。
「じゃ」と、カノカさんが去ろうとする。
「待ってくれ!」
オレは、カノカさんを呼び止めた。
「なんだい?」
「あんたのこと、『いちご神』って呼んでいいか?」
「好きに呼んでくれ。私のいちごの王子様」
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