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からかわれた、そう気づいて頬がカッと熱くなる。
「……意地悪ですね、あなたは」
「そうか?」
軽く言って今度は、彼は新聞を畳んだ。
「いいからほら、顔を洗って着替えてこい。
いつまで経ってもしないというのなら、僕がやってやるが?」
「けっこうです!」
本当に実行されそうで、とっとと洗面所に逃げ込む。
なんなんだろう、あの人。
ヤるのが目的ならまだ理解できるが、昨晩は私をおいてさっさと出ていった。
そして今日は朝から、朝食を食べに行こうと私を待っている。
「……ほんと、わかんない」
はぁーっと私の口から落ちていったため息は、どこまでも憂鬱だった。
着替えて寝室から出てきた私を見て、彼がひと言発する。
「地味だな」
それはぐさっとナイフになって私の胸に突き刺さった。
お洒落だと思って買った、シンプルなフレンチスリーブの黒ワンピース。
でも私が着たらいまいちになるのはなんでだろう?
いつも、そう。
雑誌やマネキンを見ていいなと思っても、私が着ると野暮ったくなる。
「予定変更だ、朝食を取ったら服を買いに行こう」
「だから、私はあなたのお世話になる気はっ」
「これ」
にっこりと笑った彼の手には、パスポートが握られている。
「返してほしいのなら、僕に付き合おうか?」
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