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「えっ、あ!?」
慌てて自分の鞄を確認するが、パスポートが見当たらない。
ついでに、財布も。
「ド、ドロボー!」
怒りで、わなわなと身体が震える。
「言いがかりだな。
付き合ってくれたら返すって言ってるだろ」
しかし涼しい顔で彼は、挑発するかのようにパスポートを揺らした。
「……なにが狙いですか?」
レンズ越しに真っ直ぐに、彼の細い目を見据える。
「なにが狙いって酷いな。
僕はただ、君をものにしたいだけだ」
彼の手が伸びてきて、頬に触れた。
「……僕は君が欲しい」
私を見つめる瞳は、艶やかに光っている。
それに捕らわれたかのように目は逸らせない。
「しかし、無理強いはしたくない」
ふっと淋しそうに笑い、彼が私から手を離す。
それで身体から力が抜けた。
「だから君がここにいる間、僕に堕ちてくれるように精一杯頑張るよ」
立ち上がる彼を黙って見上げる。
この人はどうして、そこまで私に拘るのだろう。
ただの、行きずりの女に。
「ほら、朝食を食べに行くぞ。
僕は腹が減ってると言っただろ」
彼が私に向かって手を差し出してくる。
その手を無言で見つめた。
夫になるはずだった男と別れた翌日に、違う男の手を取るほど軽い女ではない。
けれど彼には一宿の恩がある。
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