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「わかった。
今は聞かないでおいてやるからとりあえずこい。
ここにひとりにしておくわけにもいかない」
はっきり言わない私に何事か感じ取ったのか、彼はそれ以上なにも聞かず、私の手を取った。
「……はい」
半ば引っ張られるように立ち上がる。
彼に連れられて歩き、近くに止めてあったリムジンに乗せられた。
「あの……」
「あんな状況だったとはいえ、異国の地で、素直に男についていって車に乗るだなんてバカなのか?」
呆れたように彼がため息をつく。
自分で連れてきておいてそんなことを言われても困るが、彼の言うとおりでもある。
「でも。
あなたは悪い人には見えないので……」
男性はかけている銀縁スクエア眼鏡のせいか、誠実そうに見えた。
「それにもし、あなたに騙されているんだとしたら、私にはとことん男を見る目がなかったってだけの話なので」
だから私は、あの人と心変わりが見抜けず、ハワイにまで来て別れて途方に暮れる羽目になっている。
しかしそれも、私の責任だ。
「そうか。
僕の他にも誰かに騙されたのか」
くつくつとおかしそうに笑う彼を、ただ黙って見ていた。
「それで、誰に騙されたんだ?」
ふっと笑顔を消した彼が、眼鏡の奥から真剣に私を見つめる。
その瞳は静かで、なにもかも話してしまいたくなった。
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