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すぅっとレンズの向こうで彼の目が細くなる。
それは冗談には見えなくて、一歩後ろへ下がっていた。
「あ、それは、ちょっと」
「そうか、残念だ」
その声は心底残念そうで、さらにまた一歩下がった。
「なにも考えずになんて無理だろうが、ゆっくり休め。
おやすみ」
彼の足が一歩、私のほうへ距離を詰め、その意図に気づいてまた一歩下がる。
「それは、やめてください」
寄ってきた顔を、手で押さえた。
「ケチ」
ケチとか言われても困る。
しかし彼はそれ以上迫る気はないらしく、ドアノブに手をかけた。
「じゃあ明日。
おやすみ」
彼が出ていき、パタンと閉まったドアを見つめる。
「……なんか、疲れた」
これは、ハワイまできて挙式直前だった彼と別れたからだけの疲れとは思えない。
もしかして私は、神様からとことん見放されているんだろうか。
「……お風呂入って寝よ」
うん、それがいい。
これは全部夢で、目が覚めたらマンションの、自分のベッドの上だ。
きっとそうに違いない。
そう信じて寝たんだけど……。
「……夢じゃない」
目が覚めたら広いベッドの上だった。
自分のマンションとは言わない、せめて安ホテルの硬いベッドの上であってほしいなどという私の願いは無残に打ち砕かれた。
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