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「あんた何デートの約束なんてしてるのよ」
夏休み早々、同期の桃田から突然の着信がきたかと思えば開口一番こんなことを言ってきた。
「あはは、桃田には言ってないのに。もしかしてあの時聞き耳立ててたの?」
「そんな暇じゃないわ。みる香ちゃんに聞いたの。『バッド君と友達になって、今度二人で遊びに行くことになった』ってね」
「ああ成る程……みる香ちゃんらしい」
半藤は頭を掻きながら桃田と通話を続ける。電話を切り上げてこないところをみると、まだ話があるようだった。
「タチが悪いじゃないの。本当は友達なんて思ってない癖に」
これが本題だろう。半藤は棘のある桃田の言葉にいつもの如く笑いながら声を返す。
「だってああでも言わないとみる香ちゃんは同意してくれないしね。それに、手を出すつもりなんて本当にないよ」
そう声を返し、半藤は「この先もね」と言葉を付け加える。
スマホから聞こえる桃田の声は一瞬静まり返り、そして直ぐに半藤に声が返ってきた。
「あっそう、それなら目を瞑ってあげるけど。手ェ出したらただじゃおかないから」
「あはは怖いなあ、大丈夫だって。みる香ちゃんが望まないことは、俺も本意じゃないからさ」
「……それもそうね。まあいいわ。ああ、あと一つ聞いておきたかったのよ」
桃田は本題の方に納得をすると凄みのきいた声を和らげ、いつもの調子に戻る。そしてもう一つの疑問を半藤へ問いただしてきた。
「あんたさ、『友達』でいいの?」
半藤の本心を知る桃田なら疑問に思うのも無理はないだろう。いつか聞かれるだろうとは考えてもいた。
半藤は一呼吸おくとそのまま目を伏せて疑問の答えを口に出す。
「うん、なんかさ、みる香ちゃんが俺を好きになる事ってこの先高い確率でないと思うんだよね」
これは日頃のみる香の行動から推察できていた。
彼女はそもそも異性に関心がなく、それは半藤も例外ではない。
だからこそ、嬉しいと強く感じたこともあった。半藤は自身に対して正面から友達になりたいと決意をあらわにしたみる香の姿を思い浮かべた。
「だけどさ、ただの契約関係じゃなくて、みる香ちゃんが俺と友達になりたいって言ってくれた事が凄く嬉しいんだ」
これは紛れもない本心だった。
半藤はみる香が自分を男として見てくれていなくとも、一人の友達として、大事な一人として見てくれていることがこれ以上ないほどに嬉しかった。
「だから、友達と思ってくれてるだけでも嬉しいと思っちゃった。これは本心だよ」
「……あんた、前よりピュアになって気持ち悪さが増したわね」
そんな彼女の遠慮のない言葉に半藤は笑い声をあげる。
「あはは、ひどいな〜桃田。でもピュアになったのは否定できないなあ」
「じゃ、せいぜい楽しみなさい。みる香ちゃんに何かしたらぶっ飛ばすから」
そんな治安の悪い言葉を残して桃田は通話を切る。半藤は聞こえる筈のない桃田に「したくても出来ないって」と言葉を溢す。
「友達なんて嘘でみる香ちゃんを騙してる俺には……さ」
終業式のあの日、半藤を友達だと信じて疑わなかったみる香の姿を思い出しながら半藤は寂しげにそう呟いた。
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第二十話『本音』終
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