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「いいの? ありがとう、じゃあ遠慮なくいただくね」
「うん、家から持ってきたから私が買ったやつじゃないけど」
そんな他愛もないことを話しながら二人は駅のホームに到着し、目的地である動物園まで足を運んだ。
動物園に来るのは約十年ぶりだった。
友達が去年までいなかったみる香は家族と来た記憶しかなかった。それも何年も前の話だ。
「入場券は買ってあるんだ」
「え」
バッド君は鞄から二枚の入場券を取り出した。みる香は準備の良さに驚きを隠せない。
バッド君はそのまま入場口に行き、みる香を手招きしてこっちへ来るよう促してくる。
無言で彼の元へ駆け寄り一緒に入場口で係員に券を確認されると動物園の中へと足を踏み入れた。
「バッド君、これ」
「ん?」
みる香は鞄から財布を取り出し、入場券の金額分をバッド君へ差し出す。忘れないうちに早く渡しておこうという考えからだった。
しかしバッド君は涼しげな顔で笑いながら「いらないよ大丈夫」とみる香の差し出した手を戻してくる。だが、そんなわけにはいかない。
「駄目だって! 私こういうのちゃんとしておきたいんだよ、誕生日でもないのに友達にお金を出してもらうなんて嫌だし」
そう言ってバッド君にお金を押し付けるが彼は中々受け取ってくれない様子だ。
みる香はバッド君を凝視しながら彼の元へ近寄るとバッド君の鞄に手を伸ばして無理やり現金を入れ始める。
「あ、みる香ちゃんそれはずるいなあ〜」
しかしバッド君は驚いた様子も見せず笑いながらそんな事を言ってみる香の両の手首を掴んできた。
みる香の手から既に現金は離れていたが、きっと直ぐに戻されてしまいそうだ。
「今回は俺が誘ったんだしいいんだよ、みる香ちゃんがそれでも嫌だって言うならそうだねえ……うん、デザートでも奢ってよ」
「……そんなのでいいならいいけど」
みる香は諦めた。バッド君はきっと何度お金を渡しても拒んでくるだろう。
みる香の思っていた通り、バッド君はこちらの手首を離すと直ぐに自身の鞄から無造作に入れられた現金を取り出し、みる香の目の前にそっと返却してきた。相変わらず爽やかな笑顔を向けてみる香を見つめてくる。
返却された現金をゆっくり財布の中にしまうと考え方を変える事にした。ここはお言葉に甘えることにしよう。
「ありがとう、デザートは食べたいものがあったらすぐに言ってね」
「うん、見つけたら言うよ。じゃあ行こうか、どこから見たい?」
そう聞いてきたバッド君に園内のマップを手渡され、みる香はうーんと悩む。正直、動物園に来たのなら全部見て回りたい気持ちである。
みる香はマップを鞄の中に入れると「順番に回ってもいい?」とバッド君に尋ね、爽やかに頷く彼の同意を確認してから足を動かし始めた。
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