第二十二話『涙を拭う』

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「一日だけ天界に帰ってたの。これお土産よかったら貰って」  みる香の部屋に入った桃田は開口一番にそう言うと可愛らしい天使の羽のマークがついたシャープペンシルを差し出してくれた。 「えっいいの!? ありがとう! 天界の物って人間に渡してもいいんだね」 「駄目という規則はないわね、それに構造は人間界とほぼ同じだから、旅行先で買ったような物だと思って大丈夫よ」  そう言われ桃田に手渡されるシャープペンシルをまじまじと眺めると確かに人間界のシャープペンシルと何ら変わりなさそうな作りだった。しかしどことなく神秘的に見えるのはきっと天界から持ち込まれた物だからだろうか。 「念のため学校では使わないでね。欲しいって子がいた場合にトラブルになっちゃうから」 「うん、分かった! 家で大事に使うね! 本当にありがとう」  お礼の言葉を笑顔で告げると桃田はいつものように優しい笑みで応えてくれる。桃田の勇ましくも凛々しい性格がみる香は大好きだった。そのまま母が持ち出した茶菓子を食べてしばらく談笑していると、桃田はそういえばと言って話を切り替えてくる。 「半藤と動物園に行ったのよね? どうだったの?」  桃田にはバッド君との事を逐一話すようにしていた。天使であり、バッド君の事をよく知る桃田にならなんでも相談ができるからだ。そのため今回の動物園の件も桃田に報告をしていたのである。 「うん、凄く楽しかったよ! 動物園なんて久しぶりでさ〜」 「……そう、それは良かったわ。あいつ、デリカシーないとこあるからみる香ちゃんに不快な思いさせてないか気になってたのよ」  桃田は深くため息をつくがみる香のその返答でホッとした様子を見せた。本当にみる香を案じてくれているのが桃田の言動からよく伝わってくる。桃田には感謝してもしきれない事ばかりだ。 「バッド君はいつも通りだったよ。でも奢られたのはちょっと不満だった」 「あら……みる香ちゃんは自分で出したい主義なのね。かっこいいわ」 「うーん、恋人とかならまた考えが変わるのかもしれないけど……友達にお金を出してもらうのはちょっとねえ」 「そうね……まああいつってこれまで女の子をたくさんデートに誘っては奢って誘っては奢ってるから……あいつのポリシーみたいなとこね」 「うわあ……デートじゃないのにな」 「ふふ、そうね。気持ち悪い男なのよ」  バッド君の話を桃田とするのは楽しい。桃田は遠慮のない言葉を彼に向けるが、それに対してみる香が思うのは常にいい関係だなという微笑ましい感情のみだった。  桃田からバッド君の話を聞くのは勿論、バッド君から桃田の話を聞くのもみる香は嬉しかった。  桃田とその後も茶菓子を食べながら話に花を咲かせていると、桃田のスマホの通知が鳴り出した。 「あら、そろそろ時間だわ。みる香ちゃん、今日は急に来たのにありがとね」  そう言って立ち上がる桃田にみる香はこちらこそとお礼を告げ、桃田を玄関先まで送り届けると彼女は暗闇の中に消えていった。もう時間は八時で外は暗くなっていた。
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