31人が本棚に入れています
本棚に追加
「あ、彼からだわ。悪いけど、今日はもう帰るわね」
桃田は着信の鳴るスマホを眺めながら申し訳なさそうにみる香達を見てそう言葉を告げる。祭りもいよいよ終わりの時間が近づいてきていた。
「気にしないで! 今日は楽しかった! ありがとうね」
「彼氏によろしくねえ〜」
そんな見送りの言葉を告げて二人で桃田を見送った。桃田は人混みの中へ消えていき、二人で見送りが終わったところでみる香が「私たちもそろそろ…」と言いかけるとバッド君の声が重ねられた。
「花火そろそろ上がるよ? せっかくだから見ていこうよ」
爽やかな満面の笑みでそう告げるバッド君は何だかいつになく楽しそうだった。確かにせっかく来たのなら花火も見てから祭りを終わりにしたい。みる香は頷き了承すると花火が見やすそうな場所へと二人で移動を始めた。
花火を見るのに良さそうなスポットを見つけると二人は上を見上げて待機する。同時に、花火の上がるアナウンスが会場中に響き渡った。
(夏祭りに花火かあ……)
みる香は感慨深い思いで空を見上げていた。去年まではこうして友達と祭りに来ることも、花火を見上げることも一度も経験がなかったのだ。想像上でのみ行われていた架空の情景は、いつの間にか現実で、本物の世界へと変わっている。
(本当、夢みたいな話だな)
花火は打ち上がり、周りからは歓声の声がどこからともなく聞こえてくる。みる香も顔を上げたまま打ち上げられる花火に魅入られる。隣にいるバッド君も「綺麗だねえ」と声を上げている。
みる香は……いつの間にか自身の頬に伝わる何かが次第に顎まで落ちていくのを感じていた。これは涙だ。なぜ自分は泣いているのだろう。
「みる香ちゃん……何で泣いて…」
そんなみる香の様子に気付いたのか、バッド君は困惑した様子でこちらを見た。みる香は不思議そうな顔をしながら自分の涙にそっと手を当てる。
最初のコメントを投稿しよう!