第二十二話『涙を拭う』

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「これ……嬉し涙。だって、悲しくないし」  それは間違いなかった。現に今考えていたことはどれも嬉しいことばかりで、何も悲しいことなどないのだ。こうして友達と楽しむ時間が当たり前のように日常として繰り広げられている事実に、みる香は喜びを隠せなかった。それがきっとこの涙なのだろう。  するとバッド君は懐から一枚のハンカチを差し出してきた。みる香はその差し出されたハンカチの柄を見て思い出す。この光景には見覚えがあった。 (あ、このハンカチあの時の……)  そう、みる香が初めてバッド君と会話をした日、彼が差し出してきたハンカチだ。そして今のこの光景はあの時の状況を思い起こさせていた。 (あの時……声をかけてくれたから)  みる香はバッド君が契約を持ちかけた時の事を思い出す。あの時彼が契約を持ちかけ、契約に同意していなかったら今このような未来はきっとなかっただろう。それがとても、大きなことに感じる。  みる香はそのまま差し出されたハンカチを受け取ろうとするとバッド君は何を思ったのかハンカチを持ったままみる香の手をかわした。不思議に思っているとバッド君は口を開く。 「ねえ涙、俺が拭いてもいい?」  バッド君を見上げる。彼の顔はいつものように爽やかではなく、しかし温かみのある表情をしていた。みる香を案じているかのようなその顔に、自然と言葉が放たれる。 「……うん」  その返事を最後にバッド君の大きな手はハンカチを持ったままみる香の頬を優しく拭う。壊れ物を触るかのように優しく拭うその姿は、みる香の嬉しさを肯定してくれているかのようで、ひどく、心地がよかった。きっとバッド君もあの時の事を思い出しているのだろう。拭われている中で自然と、根拠もないのにそう思うことができていた。  花火が上がり、歓声が舞い上がる中、二人だけがある情景を思い出していた。 第二十二話『涙を拭う』終                 next→第二十三話
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