第二十五話『文化祭の始まり』

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第二十五話『文化祭の始まり』

 文化祭の準備は好調だった。みる香は檸檬が部活でいない時は積極的に近くにいるクラスメイトに声掛けをしていた。  人数が多いグループに話しかける勇気はまだなかったが、二人までであれば声を掛けることは可能だった。  連絡先の交換とまではいかずともほとんどの子は会話に付き合ってくれる事が多く、みる香自身も楽しい時間を過ごせていた。  初日に話しかけた飯島とも文化祭準備をきっかけに休み時間に少し雑談することが時々あった。  今までの自分は友達対象に思っていた相手に話しかけることが全くできなかったのに、こんなにも変われていることが嬉しかった。一度枷が外れたことでコミュ障が軽減されたのだろう。  話し掛ける時の緊張感はやはり拭えなかったが、それでも行動に起こせていることが何だか誇らしかった。 「文化祭準備だるいね〜」 「だるい〜でも夏休みに準備する高校あるよね〜あれ絶対無理だわ」 「ああなんかテレビで取り上げてたね」 「あ、わ、私もそれ見たよ! 夏休みに文化祭する高校だよね?」  みる香は今日、思い切って知っている話題に乗っかる作戦を決行していた。少し言葉はつっかえてしまったが、わりと自然に話しかけられたのではないか。  そんな事を胸を弾ませながら思い、二人の反応を待っていると案外普通に「あ、森村さんも見てた? あの番組おもろいよね」と言葉を返してくれる。これは嬉しい反応である。  そのまま二人はみる香を会話の輪に迎え入れ、しばらく談笑しながら作業を進めていた。  すると突然別のクラスの団体グループが教室内に立ち入り、みる香が会話をしている二人の元にやってくる。全員E組の女子学生だった。少し見覚えのあるその団体は、みる香が夏休みにバッド君と動物園で出くわしたあの団体の子達であった。  それに気付いた途端に多少の気まずさを覚える。それでなくともこんなに多くの団体とコミュニケーションを取れる自信はまだなかった。  それとなく離脱しようか、そんなことを考えていると「みる香ちゃん」と呼ぶ桃田の声が耳に響き渡ってきた。振り向くと扉の前でみる香を手招きする桃田の姿が見える。そんな彼女の姿は救世主に思えた。 「桃ちゃんっ!!!」  みる香は急ぎ足で桃田の元へと駆け寄ると、桃田はいつものような凛々しくも優しげな笑みで「ちょっと今いいかしら」と声を発する。  みる香は深く頷くと桃田の後をついていった。チラリと横目で先程いた場所を見ると、誰も特にみる香を気に留めてはいない様子だった。  すると突然栗井と目が合う。彼女の視線からは特に変なものは感じられない。そんなことに安堵しながらみる香は視線を逸らして桃田の後を追った。 「ここでいいかしら。みる香ちゃん困ってそうだったから」 「え」  そこでみる香は桃田の意図を知る。特に用があったわけではなく、みる香をあの場から助けるためだけに声を掛けてくれたようだった。やはり救世主だ。  みる香は素直にそう礼を告げると桃田は口元を綻ばせながら言葉を返す。
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