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第二十六話『波乱』
「あれ、みる香ちゃんその髪……」
今日始めてバッド君と顔を合わせたみる香は彼に「おはよう」と挨拶をすると檸檬にヘアアレンジされた事を嬉しそうに話す。
檸檬もその場にいて「森村ちゃん、可愛いでしょ?」と同意を求める姿にみる香は彼の回答をすぐに予測できた。バッド君がみる香を可愛いとは思わないだろうと分かっているからだ。
一度だけ、夏祭りの日に彼にそれを言われたことはあったが、あれはきっと揶揄われていただけだろう。それしか考えられない。
「可愛いねえ」
「えっ」
「でしょー!! 分かってんじゃん半藤!」
なんの迷いもなくそう告げられたバッド君の褒め言葉にみる香は驚きを隠せない。今自分は、可愛いと言われたのか。
「……バッド君、社交辞令はやめよう?」
みる香はため息をつきながらそう言葉を返すと彼は笑いながら「ほんとだよ」と口にした。
しかしその後檸檬の方を見て「夕日さんも可愛いね、いつもと違う」と檸檬のメイド姿にも称賛の言葉を告げる。その様子を見てみる香は察した。
(そうか、この男……女の子にはみんな褒めとく感じだ)
それならみる香を褒めたことにも納得がいく。なぜならみる香はバッド君の好みの女の子には全く当てはまらないからだ。
褒める理由はわからないが、無難だからとそう答えたのだろう。
(まあ社交辞令みたいなものだよね)
分かってはいるもののなんだかそれが少し寂しかった。バッド君にだけはお世辞を言われたくなかった。だがその真意は不明だ。そんな事を考えていると新しい客が入ってくる。
みる香と檸檬は受付係の役目として客にメニューの案内をした。それが終わり、客が中へ入っていくとまだそこにバッド君が立っているのに気がつく。彼の当番は明日の筈で、そこに立つバッド君は暇そうだ。
他のクラスの出し物を見に行かないのだろうかと考えながら見ているとバッド君はこちらの視線に気づきニコリと笑みをこぼす。そして口を開いた。
「俺さ、社交辞令はやめたんだよね」
「ん?」
「可愛いと思ってるの、本当だからね」
「何の話……」
「みる香ちゃんは信じてなさそうだからもう一度言ってみたよ」
そこで先程の台詞を思い出す。今の台詞とそれが頭の中で重なった途端、みる香は顔が真っ赤に染まった。
思わず顔を覆ったみる香はチラリとバッド君を見やる。彼は変わらず爽やかな顔でこちらに目線を向け、ただ口元を緩めていた。
「じゃあ俺はどこか回ってこようかな」
その言葉を残し、バッド君はC組から立ち去っていった。みる香は動悸が激しくなるのを止められず、顔を俯かせる。
一体どういう了見であんな言葉を言ったのだろうか。揶揄うことがそんなにも楽しいのだろうか。みる香は完全に彼のからかい相手にされている気がする。
赤くなった熱を冷ますために机に置かれたペットボトルを一気飲みするとメニューを取りに行った檸檬が戻ってくる。
彼女は真っ赤に染まるみる香の顔を見ながら熱でもあるのかと心配そうに見てきたが、そうではないと苦笑いを返し、否定の言葉を口にした。
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