第二十六話『波乱』

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「なんかよくわかんないし、一人で立てるよね?」  そう言って手を引っ込めた彼女はみる香を見下ろしてくる。一瞬光を見出していた彼女はもう、みる香の中では脅威の存在に変わっていた。  この瞬間、檸檬や桃田、そしてバッド君の顔を思い浮かべた。この中にあの三人の誰かがいれば絶対に手を差し伸べ、自分を助けてくれるだろう。  だが今ここに三人はいない。どう見ても今のこの状況でおかしいと思われるのはみる香だろう。  言葉はつっかえ、普通の質問にも答えられず突然へたり込んでしまうようなこんな人間を変人に思わないわけがない。今、自分は一人なのだ。そんな事を思った。 (やばい……なんか気持ち悪くなってきた…)  絶望的な状況に参ったせいか、気分が悪くなってきたみる香は口元を覆うとその様子を見た栗井が「なんで立たないの? ねえ聞いてる?」と初めて苛立った様子を見せてきた。しかし彼女の声に応える気力も、余裕もない。みる香は「あ……の…」となんとか口を開くがやはり言葉がうまく出てきてはくれなかった。  栗井は痺れを切らしたのか周りのクラスメイトを振り返り、こんな言葉を口にする。 「ねえ森村さんて変人? なんか言葉、通じないんだけど」  クラスメイト達はそんな彼女の疑問に言葉を返す。 「んーあんま話さないし」 「まあ暗いかなとは思うけど」 「気にした事なかったー」 「ちょっと変わってるかも」 「半藤といるから普通って感じ? じゃなきゃ変人」  などと四方八方から言葉が降ってくる。やめてほしい。公開処刑をされているような気分だ。みる香はいよいよ限界がきていた。体調も悪く、気分も最悪だ。  しかし身体は全く動いてくれない。もういっそのこと、このまま気絶でもしてしまいたいくらいだった。紙に体調が悪いとでも書いて読んでもらおうか。  そんな事を考えたみる香は自身のポケットに入っていた紙とペンを取り出すと震える手で字を書き始めた。今できる最善の手段だ。 「え、何々!? いきなりなんか書き出したんだけど!!!」 「え、やば」 「森村さんやべーやつじゃん」 「無視するのにメモはするんだ?」 「ていうかなんか震えてんじゃん」  そんな声がみる香の頭上から降りかかる。もう、本当に最悪の気分なのだが、みる香にできることはこれしかなかった。  ようやく書き終えた文字を栗井に差し出すと栗井はそれを見て笑い出す。
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