第二十九話『隠す』

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第二十九話『隠す』

(バッド君は、私の記憶を消すんだろうなあ……)  そう思ったのはいつだっただろう。確信できたのは最近のことだ。  みる香は決して勘が鋭いわけでも、いざと言うときに機転が利くわけでも、追い詰められれば覚醒するわけでもない。ごくごく普通の凡人。  それは今でも同じだ。ならなぜその答えに辿り着いたのかと問われれば、ただ全ての疑問が一致したからだとしか言えなかった。  要するに、勘が働いたのだ。まぐれにしろ偶然にしろ、辿り着いた答えは悲しくも納得のいくもので認めざるを得なかった。  布石はいくつかあった。まずバッド君に未来の約束をされたことがなかった。  明確に言うと一年以上先の未来の約束をだ。来週や来月、半年後などの約束事は何度もされたしみる香もした。  一度だけ、バッド君に来年の話をした事がある。来年一緒に海に行こうという話だ。  しかし彼は一瞬珍しくも固まって、返事こそしてくれたものの今思えばあれは嘘の約束なのだろう。  彼は未来の約束が果たせないことを知っていたのだ。だから、来年の話をしてくれない。  他にも違和感はある。彼が今までサポートしてきたという七人の人間達だ。  半年間、バッド君にサポートされてきたみる香ならよく分かる。  ここまで念入りにサポートをされていれば、たとえ恋愛感情は湧かなくとも、情くらいは湧くはずだ。絆のようなものが生まれるだろう。  天使であるバッド君は湧かなくても、人間である七人の者達は、絶対にバッド君への信頼感、安心感などは感じていたはずだ。彼女らがみる香のようにコミュ障で友達の少ない人物だったのなら尚更だ。  それなのにバッド君には過去の契約者達を紹介されるどころか、そのような子達と彼が関わっている場面を見た事が一度もない。不思議な話である。  天使に関する話題は出さずとも親しく話すことは可能だと言うのに、彼の周りにはそれらしき子達の姿を見た事がないのだ。  しかし答えが分かれば明白で、それはきっと、彼女達も記憶を消されているからなのだろう。だからバッド君との関わりがもうないのだ。それが答えなのだ。
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