第三十話『嫉妬心』

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 今まで味わったことのないこの感情をどうすれば抑えられるのか、誰かに相談することもできないみる香は、初めて友達が多くいるこの場所から逃げ出したいと思っていた。 (帰ろうかな)  そう考え、自然と足が動く。帰るという逃げ道を思いついた瞬間、身体が軽くなった気がした。  そうしてみんなのいる会場へと戻り、主催者である颯良々に一言謝ってからこの場を抜けようと彼女の方へ足を向けると「みる香ちゃん」と桃田に呼ばれる声がした。  振り返ると桃田はいつものように優しげに微笑み、こんな言葉を口にする。 「ちょっと見てほしいものを見つけたの。来てくれないかしら?」 「見てほしいもの?」  何かは分からないが、桃田の頼みだ。断りたくはない。  みる香は二つ返事で頷くと彼女の後に続き、再びみんなのいる会場を後にする。  廊下というにはあまりにも広すぎる廊下に足を運ぶと人気のない隅っこで、桃田が口を開き出した。 「ねえみる香ちゃん、何か悩みでもありそうね。良かったら私に話してみない?」 「え?」  みる香は咄嗟に顔を上げて桃田を見た。なぜ分かったのだろう。やはり桃田は凄い。  桃田が見てほしいものがあると言ったのはただの口実で、本当の目的はみる香にこうして何かあったのかを尋ねることだったようだ。  彼女の優しさにみる香は胸が熱くなる。しかしいくら桃田でも、この話をしてもいいべきかどうかは躊躇われるところだった。  みる香は言葉を詰まらせていると桃田は声の調子を落とし、もう一度言葉を発した。 「言いたくないことなら言う必要ないのよ。だけど、随分苦しそうにしているから話せるのなら聞かせてほしいわ」  桃田は決して無理に聞き出そうとはしていない。それがよく伝わった。  正直、誰にも話さず事を終えたいのがみる香の願いだ。それは今も思う。  だがそんな希望とは裏腹にみる香のこのどうにもできない思いを仕舞い込むことも困難であった。  みる香は桃田に小声で言葉を告げる。
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