第三十三話『昇格』

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「…今度また見た時は覚えておいてね。気になるから」  そんな彼の言葉にドキンと心臓が高鳴る音が胸の中で響く。バッド君の視線はどことなくムスッとしていてまるで親におもちゃを取り上げられた子どものようだった。  彼の思考は分からないが、その様子が何だか可愛らしい。  みる香は「覚えてたら言うよ」と笑いながら言葉を返し、自身の鼓動を落ち着かせようと小さく深呼吸をする。  みる香は今回の夢を鮮明に覚えていたが、バッド君には秘密だ。  バッド君と肩を並べて歩きながら先程の夢を思い出す。あの夢に対してみる香は嬉しいという気持ちが強かった。  たとえ夢だとしてもみる香の事を昇格よりも大事だと言ってくれたことがとてつもなく嬉しいのだ。  そんな事はあり得ないと言うのに、バッド君の信念を否定してしまう最低な考えだというのに、それでも喜んでしまうそんな自分がいた。 (あーあ……私は何度バッド君を好きだって自覚するんだろう)  実らないのは分かっている。分かっているのに……そうだ、あまりにも未練がましい。だがそれでも。 (あなたが好き)  みる香は横を歩くバッド君を見つめた。彼はもういつもの調子に戻り、爽やかな笑みでみる香に話しかけている。  これ以上高望みはしない。このままでも十分幸せだ。だからいつまでも…… (こうして、友達を続けたいなあ)  しかしそれは無理な話だ。近い未来、みる香の記憶は消されるだろう。彼にまだ話されていないこの事実を思い出すと胸が苦しくなる。  バッド君との日々は自分にとってかけがえのないものへとなっている。彼もそれを少しでも感じてくれたらこれ以上の事はない。  そんなことを思いながらみる香は足を進めた。
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