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第四十二話『契約の終わり』
「待たせてごめんね」
屋上へ辿り着くとみる香は息を切らせながら彼の元へと歩き出す。
バッド君は屋上の手すりに手を置きながら赤く染まる空を見上げていた。
みる香の声で振り返ったバッド君は笑いながら「走ってきたの?」と声をかけてくる。
いつものような調子で言葉を発するバッド君の前で膝に手をついて息を整え始めた。
肩で息をし続けるみる香に水を差し出してきたバッド君は「まだ時間はあるしゆっくりで大丈夫だよ」と優しい言葉をかけてくる。
彼の顔はいつものように爽やかで涼しげで、どこか温かみのあるそんな表情をしていた。
数分が経過するとみる香の息も整ってくる。
バッド君はそんなみる香の様子を見つめながらゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「一年あっという間だったね」
「そうだね、早かったな」
みる香は自身の髪を掬い上げる風の方角に目を向けながら彼の言葉に同調する。本当にこの一年間は早く感じられた。
初めての友達が出来、楽しい日々が続いたからだろうか。
一拍置くとバッド君はみる香にこんな質問をしてきた。
「みる香ちゃんは、契約内容には満足してくれているのかな?」
そんなのは――――言うまでもなく、満足以外の言葉が出てこない。一人だけでも嬉しかった初めての友達は、この一年で七人も出来たのだ。
それもみんな決して薄い関係などではなく、本当に心から友達だと言えるような人達ばかりだった。バッド君や桃田も勿論、大切な友達だ――。
「凄く満足してるよ! 一年前には信じられなかったくらい、本当に幸せな一年だったよ」
「それは良かった」
そう言って彼は微笑む。契約者であるバッド君ならみる香に直接聞かずともこちらの満足具合は分かる筈だろう。
だがそれを敢えて問いかけてきたのは彼が、みる香から直接その言葉を聞きたかったからなのかもしれない。
「バッド君は本当にすごいサポート力だった。最初は色々不満もあったけど、今は全部納得してるよ」
みる香は彼の能力をそう評価して言葉を付け加えるとバッド君はいつもとはまた違った柔らかい笑みを向けながら黙ってこちらを見つめていた。
その視線に心臓が高鳴りつつもみる香も何となく無言になる。
すると本当に唐突に、彼は告げた。
「いちる」
「え?」
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