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すると途端に光が放たれ再び神秘的と言えるいくつかの光がいちるとみる香の周りを覆いだす。
そうして暫くすると光は消え、いちるは柔らかく笑いかけてきた。
「契約はこれで解除されたよ。後は、記憶だね」
そう言うと再びどこか寂しそうな顔をしてみる香を見つめる。
契約の解除が終わっても彼はみる香の手を掴んだままだった。だがみる香もまだ、手を離して欲しくはなかった。
いちるは一拍置くとそのまま記憶の消去に関して詳しい説明をしてくれた。
みる香の想定通り、消される記憶は天使であるいちるや桃田、伊里と接してきた記憶と契約を行ったという記憶だった。天使の存在は全て削除される。
しかし友達になった檸檬や颯良々達の記憶はそのまま残され、新学期に友達がゼロになる事はないのだとまるでみる香を安心させるかのように彼は話してくれた。君が一人で泣くことはもうないよとそう付け加えて。
「俺や桃田の事は、君の中で存在や名前自体は記憶に残るけど、これまでの思い出は消しちゃうから、もう関わることはないだろうね」
そう言って寂しそうにみる香の頭を撫でた。みる香は一通りの説明を聞き、それから深く頷く。
赤く染まっていた空はいつの間にか夜の暗闇へと変わっており、時間が迫ってきているのを感じていた。
「分かったよ。説明してくれてありがとう! もう大丈夫、記憶を消して?」
「………………うん、分かったよ」
いちるは未だに繋いだままのみる香の右手からそっと手を離す。その手がどことなく躊躇いを感じているように見え、そんな事に喜ぶ自分がいた。
分かっている。それももう終わりだ。
いちるは反対の手でみる香の顔に手をかざし始める。いよいよ記憶が――――消されようとしていた。
いちるの手からは光のようなものが放たれ、それは次第に大きく膨張していく。痛みはない。
みる香は最後に大好きな彼の顔を見つめた後、そっと目を閉じた。もう、これで本当に心残りはない。
「……今まで本当にありがとう。さようなら、バッド君」
「みる香ちゃんが好きだよ……君が大好きだ。本当に、ありがとう」
いちるはそう告げるとみる香の前髪をかき上げてそっと額にキスを落とす。これは儀式ではなく、彼からの最後の愛情表現なのだと根拠もなくそう思った。
目を瞑りながらみる香はそれを心地よく感じ、無性に温かく、優しい気持ちになる。そして次第に意識は遠ざかっていった――――――。
第四十二話『契約の終わり』終
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