30人が本棚に入れています
本棚に追加
/250ページ
一琉はこの十日間、ずっとこれらの事を思い返してはみる香の事だけを考えている。
絶望的な気分は続いた。
自分で記憶を消しておきながら、後悔しかしない日々を送る。これが昇格に繋がろうと、今の一琉には何の意味も持たない。
記憶を消すことは天界での必須事項だった。これを守らなければ昇格どころか降格だ。
降格に対する怖さは本名を名乗った時点で消え失せてはいたが、前例のない規則違反を犯すことは躊躇われた。
一琉は既に契約者でなくなったみる香の動向を近くで見守る事はできない。
そのため春休みの間は彼女を見守る事ができないのだ。それが致命的だった。
記憶は消した。しかし一琉はみる香への想いを捨てきれずにいた。記憶を消した事で彼女は完全に一琉とのこれまでを忘れている。
そして今後も彼女と関わる事はできない。天使だと打ち明けず接すること自体は確かに可能だろう。
一からまたみる香との関わりを始めることも規則違反ではない。しかしその選択肢はなかった。それは揺れるからだ。
(俺って……こんなに諦め悪かったんだな)
彼女の記憶を消して十日経つ。今までの一琉は、失恋したとしても一日経てばけろりと吹っ切れる事ができていた。
それはまだ天界にいた時、本気で好きになった相手に対しても同じだった。みる香のことも忘れなければと思っていた。しかしそれは――
(無理だ)
日が経つにつれ、みる香への想いが溢れる。彼女に会いたくて仕方がない。記憶を戻せるのなら、正直今すぐにでも戻してしまいたかった。
人間界に来る天使は皆、人間の消したい記憶を消す事ができる。
それは契約解除の際に記憶を消す必要があるため天使が人間界に来れる必須条件であった。
しかし記憶は消せても記憶を戻す事ができる天使は限りなく少ない。一琉もその一人だ。自分には、みる香の記憶を元に戻す力はない。だが――――――
(自分勝手な事は分かっている)
それでも、一琉はみる香とまたどうしても会いたかった。話したかった。笑顔で――笑いかけてほしかった。
一琉は暗闇に染まった自宅を出ると、真っ直ぐにある人物の元へ足を運んだ。
最初のコメントを投稿しよう!