30人が本棚に入れています
本棚に追加
/250ページ
「馬鹿じゃないの」
桃田は言う。その意見は予想通りだ。
「本当に大馬鹿。こうなる事は分かってたでしょ」
分かっていたが、みる香に最後まで黙っていたことは後悔していない。
「十日も経てば忘れると思ったのに、まだ未練タラタラなの? あんたって本当、気持ち悪い男ね」
それは同意見だ。十日もあったのに、本来の自分であれば十日もあれば十分忘れられたはずなのに、それは出来なかった。
「早く忘れなさいよ」
その言葉には頷けなかった。いや、頷きたくなかった。
「!!! ちょっと?」
目を見開き珍しく狼狽した様子の桃田は一琉を見下ろしていた。一琉は、地べたに額をつけ、彼女に頭を下げる。
「頼む桃田。みる香ちゃんの記憶を元に戻してほしい」
一琉は両手を下げたままの頭の横に置き、彼女へ懇願する。土下座をするのも、こうして誰かに懇願することも今までにない行為だった。
「あんた何やって……あんた、本当にあのプライドの高い半藤なの!? 性格が悪くて、誰にも本気で頼ったりなんかしない…………」
「お前にしか頼めないんだ。記憶戻しに一度も失敗した事のないお前にしか、頼めない」
「あんたが一番分かっている筈よ? 記憶を戻す行為が……どれだけ愚かで、自分の人生を崩す愚行であるか。あんたが一番分かってるわよね? 昇格に響く行為だけは絶対しなかったあんたがそんな事言うなんて、正気とは思えないけど?」
そうだ。桃田の言う通りである。記憶を戻す力は非常に強力であり、重宝されるものだがそもそもが使われる機会が少ない。
人間の記憶を安易に戻す行為は、天界では罪に問われる愚かな行為だからだ。
ゆえに、みる香の記憶を戻せば、半藤は降格どころではない。法に触れた存在として大天使から裁きを受けるだろう。
「そうまでして記憶を戻したいっていうの?」
桃田には被害は及ばない。記憶戻しの行為を行うだけであり、主犯ではないからだ。これを行った場合、罪に問われるのは一琉ただ一人である。
「戻したいよ。みる香ちゃんがいない人生なんて、価値がない」
そう言い、地べたに頭を擦り付ける。桃田にしか出来ないことだ。
一琉はただ、頭を下げる事しか出来ない。自分が罪に問われる事には全く抵抗がなかった。
一年前の自分であればそれは絶対に考えなかっただろう。それだけ、みる香の存在が一琉を変えていた。
もう彼女なしでは、生きる楽しみはない。そう思ってしまう程に。
「……本当に馬鹿で愚かだわ。だけど、覚悟が出来てるって言うならやってあげる」
どれくらい経ったかは分からない。しかし沈黙が続く中、急に桃田は言葉を放った。記憶を戻す手伝いをしてくれると言ったのだ。
「感謝するよ桃田、本当に」
一琉はようやくその場から立ち上がると桃田に礼を告げる。
彼女は未だに眉根を寄せた表情をしていたが、どことなくこの決断を嬉しく思っていそうな、そんな雰囲気を感じ取っていた。
* * *
第四十三話『覚悟』終
next→第四十四話
最初のコメントを投稿しよう!