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馬鹿だろうと言いつつも自分が一番馬鹿で愚かなことをしようとしている事は分かっていた。それでも決めていた。
これは自分が行いたいと強く思っている事を自覚していたからだ。
桃田はこれまでの記憶を思い起こす。
彼女――みる香は特別な存在だった。
それは自分が思う以上に大きな存在となっており、これまで適当に行ってきた人付き合いの概念を覆してしまうほどにみる香の存在は桃田を変えていた。
きっかけはただ同期の手伝いで参加した見極めの儀だった。
みる香の行動を予測しながら一琉の指示に従っていた桃田は、彼女のあまりにも予想外な行動で初めて彼女と友達になりたいと思った。
そんな相手を見つけたのは恋人以外ではみる香が初めてだった。
みる香に対して、間違いなく友愛を抱いた桃田は彼女と友好を深める事が楽しみになっていた。
そんな彼女が、一琉を好きだと、好きになってしまったと泣きながら打ち明けてくれた時は胸が痛んだ。
そして同時に自分はどうするべきかで悩んでいた。正直、一琉の事などどうでも良い。
ただ、みる香が好きになった一琉は、同じくみる香が好きなのだ。
それを知っているのは自分だけで、自分次第ですれ違い続ける二人の仲を取り持つ事はいくらでもできた。
しかしそれはしなかった。どうあれ二人が結ばれる事はないからだ。記憶の消去は、免れることが出来ない。個人の問題ではなく、天界全体の問題に発展する。
どうせ記憶が消されてなかった事になるのなら、初めから恋などしない方が良い。そう思った。だからこそ桃田は静観した。
二人の恋を静かに、ただ静かに見守り、見送ることにしたのだ。
記憶が消されたみる香が、桃田の名前を呼ばなくなった事を悲しく思った。
しかしその感情は本来持つべきではなく天使にあってはならぬ感情だ。
人間に情が湧くなど、例外にも程がある。感情は違えど、結局のところ桃田も一琉と同じだ。
人間に感情を持ってしまったのだ。
一琉が土下座をした事には心底驚いた。
笑顔を振りまく癖に心の中では昇格しか目のなかったあの一琉が、プライドが高く他人に頼み事など絶対にしなかったあの一琉が――――初めて地べたに頭をつけたのだ。
それほどの覚悟なのだと、あの行動一つだけでそう理解した。
記憶を戻す事は規則違反どころではない。法に触れる大きな問題だ。それは分かっている。だがもう――覚悟は決めていた。桃田自身に罪は問われないだろう。
間違いなく一琉だけが大罪を犯したと大天使から裁きを受けることになる。
それも分かっており、同期のよしみで初めは止めたいと思う自分がいた。だからこそ、記憶を戻す話を一琉にはしなかった。
だというのに、一琉は懇願した。
桃田が良いと言うまで重かったはずの頭をずっと下げ続けていた。
そこまでの覚悟を背負っているのならもはや桃田に止める気は起きなかった。それに――――
「他人の恋を応援したいと思ったのは、これが初めてよ」
心の底では願っていた。二人が結ばれる事を、この異例で例外的な天使と人間の恋を――――応援していた。
* * *
第四十四話『情』終
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