最終話『バッド君と私』

3/4

30人が本棚に入れています
本棚に追加
/250ページ
「バッド君……」  目を開けるとそこにはバッド君と桃田の姿があった。思い出した。  自分はこの数週間、記憶を消されていた。そしてまた――――いや今はそんな事はどうでもいい。 「バッド君!!!」  みる香は駆け出した。バッド君の元へ走り、彼の身体に飛びつく。  バッド君は大きなその手で優しくみる香を受け止めてくれる。 「みる香ちゃん」  彼の優しくも力強い手が、みる香の頭と背中を押さえつける。それが酷く心地良く、涙は次々と溢れ出てくる。 「ごめんね……俺が、また君に会いたくて…記憶を戻しちゃった」  バッド君はそう言いながらみる香を力強く抱きしめる。みる香は泣きながら大きく頷き、彼の言葉を肯定した。 「本当は私も……忘れたくなかった、だから謝らないでよ」  涙は止まらず鼻水を啜りながらもバッド君の胸元にしがみついた。  彼もみる香から手を離さず、長い時間、抱擁を交わす。二人とも互いを失わないようにただただ抱きしめ合っていた。  暫くするとバッド君は「ごめん、苦しくなかった?」とみる香を抱きしめたまま見つめてきた。  みる香はそんな彼の表情を愛おしく感じながら腫れ上がった目で「苦しかったら私は我慢しないよ」と言葉を返す。  我ながら可愛げのない返答だ。だがそれでも――――彼は心底嬉しそうに柔らかく笑みを溢す。 「それもそうだね」  そうしてみる香の両頬を優しく包み込んでくる。みる香は顔を上げて彼のまっすぐな瞳を見つめ返す。  するとみる香の唇に彼の唇が優しく触れ、二人は目を閉じた。  そのまま触れるだけの口づけを交わし、ゆっくり顔を離すとバッド君は愛おしげにみる香の頭を撫でながらこう呟く。 「俺の本名、覚えてくれてる?」  その言葉にみる香は思わず笑ってしまった。彼は拗ねているみたいだ。彼の本来の名を、呼んでいいべきか分からなかったみる香はこの一言で問題がないことを理解する。  勿論と言葉を返すと精一杯の笑みを向けて彼の名を呼んだ。 「いちる君。ちゃんと覚えてるよ」  すると一琉は嬉しそうに柔らかく笑って再びみる香を抱きしめた。その彼の大きな背中にみる香は手を回す。  そのままぎゅうと互いの体温を確かめ合っていると一琉はポツリとしかしはっきりとした口調でこう告げた。 「この世で一番、みる香ちゃんが大好きだよ」 「私も、いちる君が大好き」  そう言って互いに笑みを見せ合うと再びキスをした。
/250ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加