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 そうして数日経過した――放課後。 「桐生くん、話って?」  僕は帰ろうとする委員長を呼び止めていた。 「楠田さんにお願いがあって」  この間の昼休みの出来事。原因をずっと考えていた。出した結論は「ピアノ」という言葉。それしか思い当ることは無い。  でも何で? 僕にとってピアノはずっと傍にあって、弾かない日はむしろ調子が悪くなるくらいに生活の一部になっている。  ……待てよ。  じゃあ何で、  最近の僕はんだ?  銀色に染まった髪と耳に空いたピアスの穴。弾いていないピアノ。泣きそうな女子の顔。  もしかして、僕は大事なことを忘れている? 「お願いってなに?」  彼女は普段通り。眼差しからは何もわからない。息を吸って一気に吐き出した。 「僕が何を忘れているのか、教えてくれない?」  楠田さんは笑わなかった。ただ、じっと僕を見てひとつ瞬きをして、「いいよ」と言った。 「代わりに、ふたつだけお願いしてもいい?」 「え? いいけど」  彼女が僕にお願いすることなんてあるだろうか。
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