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 母親から麦茶の入ったグラスをふたつ受け取って、僕らは部屋へ移動した。 「わ、これがいつも桐生くんが弾いてるピアノ?」 「そう。あ、カバンとかその辺てきとうに置いて」  早速、ピアノの前に座った。蓋を開く。白と黒の鍵盤が僕を迎える。  ここ数日、ずっと疑問に思っていた。  何で僕は、“ピアノを弾いていないんだ?”と思いながら実際に?  久しぶりだから、という簡単な理由じゃない気がした。今までだったらきっと弾いていた。  じゃあ、なぜ? 「桐生くん?」 「あ、ごめん。何かリクエストはある?」 「そうだなぁ、あたしが小さな頃に憧れてたドビュッシーの”夢”がいいかな……もし弾ければ」 「いいよ」  指を置く。とん、と鍵盤を押し込んだ。  そこからは無心だった。最後の音が途切れてようやく僕はハッと我に返った。
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