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「記憶を盗まれてからの桐生くんはどこか普通に見えた。桐生くんの綺麗な部分が削がれて、ありきたりで、平凡になって、今ならこんなあたしでも桐生くんに手が届くかもなんて淡い期待を持ったりした。このまま桐生くんが夢を失ってしまえばいいとさえ思った」
楠田さんの本音。言葉は地面に落ちる。
「そう思ってもっと自分が嫌になった。あたしはなんて汚いんだろうって。これじゃ、誹謗中傷している人間と同じだ」
は、と声が途切れて、漸く静寂が満ちた。
「……楠田さん」
「ッ」
「……わかったから、」
そっと彼女に手を伸ばす。おずおずと触れた頬は、涙でひやりと冷たい。
「もう、泣かないで」
何を言えばいいか分からなかった。
ただのひとつも。
だから僕は、その涙をそっと拭った。
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